あひるの仔に天使の羽根を

・密室

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煌と玲くんが喋らなくなってしまった。


発端は、煌の発言だろう。


煌は玲くんを挑発した。


一体何を煽ったのかはあたしは判らない。


煌が玲くんに対して正面切って挑発することは今までなかったし、それに対して玲くんが煌に制裁を加えず黙り込むのも珍しいことで。


玲くんは優しいけれど、売られた喧嘩はきっちり買う。


それが暴力的な制裁でなくても、必ずそれ相応の…或いはそれ以上の報復はしている。


だけど今の玲くんはとても苦しげで。


対する煌だって酷く辛そうで。


そんな顔するくらいなら、煌だって玲くんに言わなければ良いのに。


こういう、ぴりぴりした空気は嫌だ。


しかもあたしだけ判らない事態がもどかしい。


理由が判っていたならば、あたしが仲裁に入って何とか出来るかも知れないのに、だけどあたしではそれが出来ないことを本能的に悟っている。


ああ、本当に此の地に来てからというもの、誰も彼もが何かおかしい。


苛立ったように、あたしの予想を超えた行動をしてきて、その心の輪郭がよく見えない。


玲くんは普段声を荒げるような人じゃないのに。


煌だってそうだ。


いつの間にか真っ赤に顔を染める純情少年はなりを潜め、いつもの煌からは想像できないほど真っ直ぐな言葉と心を向けてくる。


あたしに初めて心を打ち明けてからそんな時間が経っていないというのに、彼はあたしの予想を超えて、迅速な変化を見せている。


だから2度目に、頭を固定されて迸るような熱い眼差しを浴びた時、あたしはもう逃れきれない…後回しに出来ない、事態の切迫性を感じ取った。


はっきり言って、煌の告白はあたしの許容量を超過している。


告白されるという未知なる経験と相手が煌だという想像すらしていなかった事態に、事実を現実の、しかも現在進行形で正しく処理が出来るはずもなく、自分のことながら何処か他人事のように感じていたのは事実だ。


その認識の甘さが不用意な言葉になって現れ、それが思った以上に真剣だった煌の心を傷つけたことを知った。



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