花日記

*白拍子


「起こしたか。」



「いいえ。」



女は体にとりあえず布をかけて起き上がり、乱れた髪を整える。



見た感じ美人だと思って声をかけたが、こうしてみるとなかなかいない、本当の美人だった。



「あなた、大分遊び慣れてるのね。」



「…ああ。」



「ねえ…」



「ん?」



「何で、そんなに寂しそうな目をしてるの?」



「寂しそう?」



俺がか?



「なんだか、現にあって現にない目だわ…。」



現にあって現にない目…。



「誰か、忘れられない女(ひと)でもいるのかしら?」



ふと、綾子の顔が浮かび上がり、すぐに消えて今度はさっきの白拍子の姿が浮かんだ。



待て、待て待て待て、俺!



綾子は一昨日降ってきて、あの白拍子に会ったのはついさっきだ。



有り得ないだろ。



「いるのね。
いいのかしら、色街なんかで遊んでて。」



女はふっと笑った。



「いいんだ。」



もう何も言うな、と唇を塞ぐ。



「それとも、忘れてしまいたい?」



女は口づけの合間にそう言い、俺はその通りだ、とまた口づける。



ああ、駄目だな。



忘れるどころか、どんどん濃く、鮮明になる。



それでも──



一時でも、現から抜け出したい。



また、一夜の夢に溺れていく。


< 26 / 103 >

この作品をシェア

pagetop