花日記

*親父


俺の親父は、偉大だった。



だった、ではなく、偉大だの方が正しいのではないか、と思うくらい、今なお絶大な影響力を持っている。



俺はそんな親父が苦手だ。



威圧的で、圧倒的。



だから、あまり顔を合わせないようにしたことだって、多々ある。



偉大な親父を背負う息子の気持ちなんて、露も知らない親父から逃れるために色街出たのが、俺の脱走癖の始まりだった。



親父の部屋の前で足を止め、成兼に取り次がせる。



成兼はすぐに戻ってきて、俺は部屋に足を踏み入れた。



「父上、お呼びでございますか。」



親父の真正面に座り、頭を下げる。



「うむ。」



低く、威圧的な声。



時にはあらゆる者を恐れさせる、親父の、声。



手が少し汗ばむ。



それを悟られないように、頭を上げた。



「そなたが、側室を取ったと聞いた。」



「もう、ご存知でしたか。」



「どこの娘だ。」



それは暗に、有力守護や公家の娘ではなくてはならないと言っている。



身分なんぞない、町娘や白拍子では、駄目だと。



綾子は、未来から来たから、もちろん身分なんて、ない。



どうする…?



「よもや、遊女ではあるまいな。」



「と、申しますと?」



「そなたが時折、街に出ておるのは知っておる。
そこで、遊女を見初めても可笑しくはあるまいて。」



親父は口元だけでニヤリと笑う。



しかし、目は全く笑っていない。



「……綾子は、そのような卑しい身分の者では、ございませぬ。」



未来から降ってきた、あの姫は。



決して、そんな女ではない。


< 70 / 103 >

この作品をシェア

pagetop