課長さんはイジワル
第16話 奥田課長は試練
せっかく、昨夜、念願の見合い話が転がり込んで来たって言うのに、心はブルー。

今朝の勉強会もうわの空。

奥田課長は白板にカツカツ書き込みながら、新人のためのトレード伝授。


「で、昨日出て来たこの玉(ぎょく)だが、ロットとしてまとまっておらず、流動性が低いため……」

う~ん。

考えがまとまらない。

確かに、カチョーはフェイス的には好みのタイプだけど、性格は好みではないぞ。

そっと溜息を吐く。

「好き嫌いがある玉だが、償還(しょうかん:返済すること)期限までの持ち切り(最後までずっと持ち続けること)を前提に買ってもらってだな……」


性格の好き嫌いは大事っしょ。

一生、夫婦としてそばにいなくちゃいけないし……

後になって嫌いだから、「はい、売却しま~す!」な~んて出来ないから、償還まで持ち切りになる訳だし。

あっちの相性以前に、こっちの相性の方が、私的に大事なんだよねぇ……

あっちの相性??

……やだ。

想像しちゃった。

「おい!杉原!聞いてるのか?!」

周りに座っていた同期の指が、私の膝をツンツン押す。

「は、はい!」

「俺の言ったことをもう一度言ってみろ!」

「え~っと、いくら好みのタイプでも、買う時は慎重に……?でしたっけ?」

周りからクスクス笑う声が聞こえ、課長の「バカヤローーーーー!!」と言う罵声と共に、ボードマーカーが飛んで来る。

「お前なぁ!この中で一番出来が悪いんだから、真面目に聞け!」

そんな……

みんなの前で、そんな言い切り方、あんまりです。

シュンとうなだれる私に課長が大きくため息をこぼす。


「分かった。この玉はお前に託す。引けの5糸甘(ごしあま:債券の取引基準)でオファーしてハメてみろ」

端債(はさい:公社債市場で取引される一定単位(通常1億円)に満たない債券)を引けの5糸甘なんて!

厳し過ぎる。

見合い以前に、私の人生最大の試練は、課長だな、こりゃ。




< 16 / 281 >

この作品をシェア

pagetop