6月の蛍―宗久シリーズ1―
記憶4
金森は、簪を返してはくれなかった。


何度懇願しても、それに応じてはくれなかった。





そうして、何度も何度も、簪を盾に私との関係を強要してくる金森に、逆らう事ができなかった。





あの簪が金森の元にある限り、私の呪縛は解けない。








簪が戻らないまま、それでも季節は移ろいでいく。







庭に咲いた芙蓉の花が萎み、時折強く吹く風の、山からの吹きおろしが混じる冷気は、秋の終わりを告げていた。



早朝の空気にも、吐息の白さが目立ち始める。






季節は、変わる。



毎年、同じ様に…。



美しい景色を、見せてくれる。










ただ私だけが、徐々に汚れていく。




少しずつ金森の毒が、私の心を蝕んでくる。



私の弱い心を見透かし、侵食してくる。






金森の身体が絡まる度にその苦痛を思い知り、私は息が止まりそうになる。





蛇に呑み込まれる蛙の様に。









あの簪は、宝物だった。



夫が選び、私の髪に挿してくれた。




大切な物。





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