この気づきは、私の人生にとって必然だったと思っていますが、もしもこのとき、社会福祉委員になっていなかったら、あの母子に会っていなければ、私はそれに気づかなかったかもしれません。

だからあえて観念的に言えば、社会福祉委員になるということも、私の人生において必然的に仕組まれていたことなのかもしれない。

母に会いたい一心で始めた宗教活動から私が目を覚ますことになったのも、ある子どものお母さんの一言でした。

そのお母さんに、私は自分の母親の姿を見ていたと言っても、いささかも言い過ぎではない気がするのです。

つまりこれも、母によって導かれたものだとすれば、そのほうがすんなりと、私には受け入れられるのです。

では、この中学の3年間、すべてを注ぎ込んだキリスト教の教えとは、私にとって無意味なものであったのかといえば、それは明確に「そうではない」と言えます。

それは一言で言えば、

「聖書の考え方はいまも私の価値観のベースに大きくあるが、あのとき入信していた教団の考え方は、すべて受け入れられるものではなかった」

ということ。