放課後は、秘密の時間…
第七章 危機
廊下ですれ違うとき、決まって彼はあたしにささやく。


「放課後、美術室でね、先生」


何か言い返そうと振り返ると、そこにはもう甘い香りが残っているだけで……

あたしは、小さくなっていく彼の背中を、ただ見つめることしかできない。


ダメだってわかってるのに。

こんなこと、誰かに知られたら、きっと問題になるのに。


放課後になると、あたしは美術室に向かってしまうんだ……



――あれ以来……

市川君が、あたしを襲いかけて以来。


市川君は、そういうことをあたしにするのを、ぱったりとやめた。


抱きしめてきたりとか、キスしたりとか……

そんな風にあたしに触れることは、本当になくなったんだ。


ただ美術室にいて、時間を過ごすだけ。


あたしのことを聞いたり、自分のことを話したり。

時には何も言わずに、あたしのことをじっと見てる。


その視線に気づかないフリをするあたしに、市川君もやっぱり何も言わなくて。

時間だけが、静かに流れていく。


HR、休み時間、授業中にふと声をかけるとき……

「美術室に来ないで」って、断るための一言をいう時間は、いつだってあった。


だけど、どうしても言えなくて……

あの画像で脅されているわけでもないのに、あたしは彼を拒否することができずにいた。

< 94 / 344 >

この作品をシェア

pagetop