私は、両想いになれるとは、思っていなかった人。

 上司の前野さんと、恋人同士になれた。だけどまだ、その実感が無い。

 同じ会社で、上司と部下。恋人オーラ全開で過ごせるはずもなく、私は何一つ、自分からアクションをおこせない。

 イチャイチャしたり、甘えたり。そんな自分を想像すると、身悶えするくらい、床でゴロゴロ転げまわりたくなるくらい、恥ずかしくなって、無理。

 それでも、やっぱり前野さんと少しでも関わりたくて、だから、なにか用事でも無理やり作って、無駄に話に行こうかと試みたけど、全然ダメ。良心が痛んじゃって、やっぱり出来なかった。

 でもね、盗み見る毎日で、目が合うことは増えた気がするの。

 その度に、心臓が跳ねあがる私は、息が出来なくなるほど、キュンとしてる。

 そんな私の心臓を、今日一番に跳ねあがらせたのは、一枚の付箋だった。

 黄色い付箋に書かれたメッセージ。



 『今日の夜、食事に行こう。8時に、駅ビル本屋で待ってて。』



 バッと顔をあげて、バチッと合う目。

 私はコクコクと頷くと、全身で飛び上って、跳ねたい気分だった。

 だって、これって初、デート。だよね?



  *



 8時15分前。あと、15分。

 上司の前野さんよりも早く終わる私は、待ち時間前にウロウロ、ソワソワ。

 何度もお手洗いに行っては、化粧っ気もない顔をチェック。

 リップくらいはと塗ったり、髪の毛をくしでとかしたり、服装を確認したりと、繰返し。

 もう何度もお手洗いに足を運んで、これじゃ、お腹をこわした人みたいだと、今更なタイミングで、私は気がつく。

 掃除のおばさんに、不思議そうな目で見られちゃった……。

 ハッと我に返った私は、おとなしく本屋で待つことにした。

 ここの本屋は、カフェも隣りにあって、待ち合わせしやすい場所なの。

 さすが、前野さんよね。私に、気を使ってくれたんだなぁって、嬉しくなった。

 とは、言っても。私はとても何かを飲む気になんか、なれないんだけど……。

 だって。デート中にいきなり、トイレに行きたくなったら、嫌でしょ??

 私はフッと腕時計を確認する。まだ、8時にならない。

 ソワソワして、落ち着かないなぁ……。変な気分。

 私、ホントに今、前野さんと待ち合わせしてるのかな?

 立ったまま夢とか、見てない? 私の妄想だったらどうしよう……。

 相変わらずモテてる様子の前野さん。

 上司と部下の関係で、付き合っていると言うわけにもいかず、変わらぬ日々。

 いや! ベ、別に、言って欲しいわけじゃないけど。

 ただ、まだ付き合ってまもなくて、恋人同士の雰囲気も味わってないから、実感も薄いの。

 本当に付き合っているのか、私の勘違いとか、夢オチじゃないかとか……。不安になってしまう。

 でも、家にあるあの、永久保存版なチョコレートは、嘘つかない本物よね?

 私は前野さんと両想い。それで、間違いない。

 デートだって、今からするわけだし、それって、恋人同士の時間でしょう??

 今日は楽しくデート、出来たらいいな……。

 ……前野さんとデート、かぁ……。

 私は考えると、ふわふわした気分になってくる。

 嬉しい。ドキドキする。なんだか、照れる。

 だって、ずっと好きだったの。憧れてて、姿を見るだけで幸せで、声が聞こえるだけでも、何だかウキウキできた。

 そんな、ひっそりとした想いが届いて、私が彼女になれるだなんて。

 デートの約束ができるだなんて、夢みたい。

 私は、前野さんの彼女。前野さんは、私の彼氏。

 恋人同士、なんだよね……。

 私は一人、ボーッと考える。

 トクン、トクンと、甘い心音が体中をめぐる。

 恋人同士って言ったら? 恋、人――――………。

 「―――あぁっ……」

 私は思わず、顔を両手で覆うと、俯いた。

 恥ずかしくなって、顔をあげてられない。熱を感じる。

 想像したら、心臓がドキドキして、窒息しそうになった……。



 「お待たせ、西村さん」



 っへ!?

 ドキンと心臓が跳ねあがり、顔を上げる。

 熱を感じていた頬が、更にカッと赤くなった気がした。

 「………どうしたの?」

 前野さんは少し笑って、私に問いかける。

 ひぃいぃいっ! やだ、やだ、前野さん!

 そこ、聞かなくていいですからっ!!