氷狼―コオリオオカミ―を探して
桜咲く日

向かいの家から翔くんが出て来た。

犬の散歩らしい。

足元で白い小さな犬が嬉しそうにクルクル回っている。



あたしが退院してからもう一ヶ月以上たつ。


あれから翔くんは――この漢字を使うのだってことも含め――事あるごとにあたしに記憶を取り戻させようとする。

いくつかは、あたしの十年前の記憶と重なるエピソードもあったけれど、残りのほとんどは知らない話だ。

翔くんが誰かと過ごした思い出を、あたしを相手としてすり替えられたように思えた。


だんだんと

あたしは無口になり、最近は翔くんを避けている。


周りの誰もが『ケンカでもしたの?』ときく。


友達にきいてみると、翔くんの印象はとても薄い。

無理もない。

本当は彼のことを知らないのだから。
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