ボーカロイドお雪
第一章 機械仕掛けの歌姫
 悪夢から覚めたあたしは水飲み場の水道でべたつく顔の汗を流し、もう一度腕時計を見た。三時少し前。もうそろそろ制服の女子高生が繁華街をうろついていても変には思われない時間だ。
 あたしはせめてもの気分転換にと、この地方都市の数少ない繁華街へ足を向けた。いくら田舎でもしゃれた商店街のひとつぐらいはある。
 あたしは、かと言って行くあてがあるわけでもなく、本屋やブティックや他のいろんなお店が並んでいる通りをぶらぶらと歩いた。そして、つい最近まで喫茶店だったはずの場所に見慣れない店を見つけた。
「ソフトウェアショップ クサナギ」と看板に書いてある。それも明らかにペンキで手書きした下手くそな字で。
 あたしはこう見えてもパソコンは結構使える。といってもインターネットサーフィンとゲームぐらいだけど。PCソフトの専門店ならこんな田舎には珍しい。
 ちょっと好奇心をそそられたので外から覗いてみると、薄暗くて雑然としていて、なんか昔ながらの古本屋みたいだ。でも窓から垣間見えるソフトのパッケージにはなんだか難しそうな文字が書いてある。
 学校の男子が時々ひそひそと話している、十八禁だのギャルゲーだのといった、変なソフトの店というわけでもなさそうだ。入ろうかどうしようかドアの前で迷っていると、ふと小さな張り紙に気がついた。こう書いてある。
「特別仕様ボーカロイド入荷」
 ボーカロイドが何かは知っていた。歌手や声優の声をデータ化して音声アーカイブにしたソフトで、パソコンにインストールして使う。
 パソコンの画面には五線譜代わりに音楽のメロディーを記録するフォーマットが表示されて、自由にいろんなメロディーを作って記録させることが出来る。そして音のひとつひとつに平仮名を付ける事が出来て、全部終わって再生すると記録されている声が、まるで人間が歌っているかのように、その歌詞をメロディーに乗せて歌いあげる。そういうソフトだ。
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