私立聖ブルージョークス女学院
単元7 神無月
 聖ブルージョークス女学院の文化祭は十月に行われる。生徒の保護者、家族、それに他校の生徒も女生徒に限り、この日だけは校内に入って自由に展示を見たりイベントを見物したり出来る。
 僕は午前中は会場の見回りを担当し、午後は自由時間だった。ひとつ、名門お嬢様私立の文化祭がどんな物かよく見て回ることにした。
 演劇部のステージや吹奏楽部の演奏会などは、僕の知っている普通の高校の文化祭とあまり違わない。校舎の中の展示を見てみることにした。と、いきなり「名器展覧会」という看板が目に入って驚いた。
 おそるおそる中に入ると、まず目に飛び込んできたのは大きなガラスのケースにずらりと並んだ六台のバイオリンだった。
「あら、先生。先生も音楽に興味がおありだったんですか?」
 受付にいた香田美優という寮生の一人が声をかけてきた。なにかものすごいお金持ちのお嬢様だという子だ。この学校にふさわしいと言えば、これほどふさわしい生徒もいないだろう。
「いや、僕は音楽は全然……ところで、表の看板に名器とあったが、そのバイオリンの事なのか?」
「はい。これは全てストラディヴァリウスですの」
「え?その名前だけは聞いたことがあるような。ちょっと待て、それってずいぶん高価な物じゃなかったか?どうやってそんな物を集めたんだ?」
「わたくしとクラスメートの持っている物を集めただけですわ。左から三番目のがわたくしの楽器です。それに、先生、そんなにびっくりなさるほど高価ではありませんことよ。学生のわたくしが持っている物ですから」
「そうなのか?」
「はい、ストラディヴァリウスと言ってもいろいろありますから。わたくしのは二千万円ほどの安物ですわ」
 に、二千万円が安物?さ、さすがはお嬢様私立。そしてその中でもとびきりのお嬢様。これはもう僕に理解できる世界じゃない。早々に逃げ出すことに決めた。
「そ、そうか。じゃあ、まあがんばってくれ」
 その部屋を去りながら、僕は急に猛烈な喉の渇きを感じた。やれやれ、庶民には無縁の世界を突然見せつけられて汗をかいてしまったかな。
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