【超短編29】野外ステージの音
野外ステージの音
 歓声が聞こえる。
 俺に向けられた歓声だ。

 いつもの決められたところに移動し、一呼吸。
 右手にぶら下げた持ちなれたモノの重みを確認する。
 1,2,3。
 フラフラと揺らしてから、両手で持ち直す。
 クセというより、これは儀式だ。


 歓声がまた大きくなった。
 お前らが望んでいることはわかってる。
 気持ちのいい音が欲しいんだろ。
 歓声に混ざって聞こえる打楽器のリズム。

 どいつもこいつも催促しやがって。 
 トランペットまで俺に催促してきやがる。


 俺は、さっきまで俺がいた場所を確認する。
「好きにしろ」
とそいつは言った。

 おいおい、ムチャ言うな。
 そんな不自由な自由があってたまるか。

 
 いい音を出すには、俺一人じゃムリなんだよ。
 協力者が必要なんだ。


 お前らじゃないぜ。
 俺の協力者は、さっきから俺を睨んでいるあいつだけだ。
 あいつの気持ちは良くわかる。

 あいつは他の奴らと違う。
 俺の気持ちいい音なんて望んでないんだろ。
 それでいい。

 そうでなくちゃいけない。
 それが俺のやる気をかき立てる。

 さぁ、始めようぜ。
 他のやつらなんて関係ない。

 これは俺とお前の、ステージだ。 

 あいつが両腕を上げる。
 また歓声がドッと沸いた。

 それはそうだ。
 ここで両手を挙げるやつなんて、そうそういない。
 いいのかい?
 そんなに興奮したら、他の音が奔り(はしり)出すかもしれないぜ。
 お前もこれが、二人だけのものだっていう意思表示をしているんだな。


 だが喜んでもいられない。
 時間だ。
 集中しろ。
 俺は全身の力を抜くと同時に力を込めた。
 


ッキン!!
 


 最高に気持ちのいい音が、球場内に響き渡る。
 高く飛んだボールは、歓声の中へ吸い込まれていった。
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