フィレンツェの恋人~L'amore vero~
1章:Un incontro―出逢い―

フルムーン

シラヌガホトケ。


確かにね。


何も知らずにいた方が幸せなのかもしれない。


『たったいま入って来た速報です』


女性キャスターの声が、家電量販店のスピーカーから大音量で響き渡る。


どうやら近くで殺人未遂事件があったらしい。


『北区3丁目中通で殺人未遂事件が起きたもようです』


この街で一番大きな家電量販店のショーウィンドウ前で通行人が足を止め、人だかりが大きく膨らんで行く。


『犯人は現在も逃走中とみられ、現在、警察が行方を追っています』


ご苦労様なことだ。


クリスマス・イヴだっていうのに。


こんがり焼かれたチキンも、生クリームたっぷりのケーキも、シャンパンも口にできないどころか。


この寒空の下、血眼になって犯人捜しだなんて。


警察という職業は大変だ。


犯人も犯人だわ。


犯行に及ぶなら別に今日じゃなくてもいいだろうに。


何だって、わざわざ今日みたいな日を選んで犯行に及んだのかしら。


どうにせよ、お気の毒様。


ああ。


お気の毒なのは、私も同じか。


まったく。


クリスマス・イヴだっていうのに。


犯人に言ってやりたい。


どうせやるなら、なぜ、私をターゲットにしてくれなかったのか。


どうせやるなら、私にしておけばよかったのに。


今の私は、正直、命など惜しくないもの。


どうせもう、大切なものを失ってしまったのだから。


生きるも死ぬも、そう変わりはないもの。


だって。


ほんの数分前に、私は婚約者を失った。


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