アザレア
「ん、美味い」

少し焦げてしまった焼き魚を口に含むと、社長は嬉しそうに口角を上げた。


「良かった……」

その表情に一安心した私は、私が慣れない手つきで調理していた間に、社長が並べてくれた箸へと手を伸ばす。


利き手である右手を箸を覆うように箸置きから持ち上げ、左手でそれを一度受けてから、また右手に持ち替える。

日常の一齣(ひとこま)である単純な作業を見て、社長は綺麗だ、と笑い、学生時代と変わらぬ無邪気な笑顔に、私の心臓が大きく音を立ててざわめきだした。


再会した時には想像すらしていなかった、社長に対する感情の変化。

一緒に過ごす時間が増える度、膨らんでいく淡い気持ち。

私はいつからか、密かに――でも確かに、社長への恋心を抱いていた。
< 23 / 55 >

この作品をシェア

pagetop