ワイルドで行こう

7. 牡の匂い、牝の匂い。私たちの匂いが溶けあう

 あまりにも都合の良い話が続けば、逆に疑ってかかるもの。
 誰もがそうなのか、琴子だけなのかわからないけど。少なくとも琴子はそう。

 嫌いじゃない。むしろ好感度急上昇中。だから困っている。
 暗がりの部屋、窓際においている小さなソファーに寝そべって、琴子は今宵の月を見上げて悶々としている。
 
 母は『騙されても良い』なんて言っているけど、あの母はいつも猪突猛進タイプでぶつかって失敗して落ち込んで立ち直る、そんな人だから今はぶつかっている最中で周りが見えなくなっている状態といっても良い。こんな時、父がいたら『やめておけ』と言うに違いない。
 お父さんがいなくなったから、私がしっかりしなくちゃ。そう思うことも良くあった。それでも流石の母も自分が倒れて、身体が言うことをきかなくなったらものすごく大人しくなってしまったのだけれど。蛍の夜から、なにかが吹っ切れて『元のイノシシ母ちゃん全開』になってきたりして……。
(やっぱり。私がここは警戒しないと)
 財産を乗っ取ることを考えている人が『財産を乗っ取られたらどうするんですか』なんて自分から言わない――。母と一緒にあの時はそう思った。でも『詐欺師』なら、わざとそう言って逆に安心させるのかも?
 小さな家しか財産はないといっても、これを担保にしたらある程度のまとまったお金は用意できるかも。何かの手口で『お金がいるんだ』なんて困ったことを相談されて、用意しちゃう。いかにも詐欺師的パターンだって考えられる。
 名刺だって。それだけ人から集めただけかも知れない。仕事関係なのか、どのようにして集めたのか確かじゃない。
 疑い始めたら、きりがない。
 でも――。
 薄く透けている青み帯びた雲が月を隠した。
 でも。琴子もそんな人じゃないと思いたい。全てが彼の誠意に見えている。信じたい。
 疑っているのは『今までの自分』。彼を信じているのは『彼に出会った自分』。
< 47 / 698 >

この作品をシェア

pagetop