美しいあの人
プロローグ
美しい男だと思った。
男を美しいと思ったのは、初めてだった。
美しくない男ならイヤというほど見てきたし、
美しいだろうと自意識を肥大させた男、
これもまたイヤというほど見てきた。

ただ座っているだけで美しい、
しかも若くはない男を見たのは、初めてだった。

その男は小説を書いていると言った。
姿形が美しいだけでなく、その口から放たれる言葉も美しかった。
あたしは夜の喧噪の中でただひたすらに
うるさいばかりの声を聞き続けてきた。

あたしの耳朶はその男の声を甘く響く音楽のように受け取った。
美しいものを自分の手元に置いておくのはやぶさかではない。

だからあたしは、その男を側から離さずにいる。
たとえそれが客観的には「ヒモつき」という状態だとしても。

なにせ祐治は美しいのだ。
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