太陽と雪
姉さんの捜索は、なかなか時間がかかるようだった。

ちょくちょく俺の携帯を通じて、相沢からの連絡が入った。

そんなとき、口を挟むのは、決まって美崎さんだった。

親友だからこそ思うところがあるのだろう。

「ねえ相沢さん、彩の携帯に連絡をしてみてくれるかしら?

”電波の届かないところにおられるか、電源が入っていないため、かかりません…”
といったようなアナウンスが流れるはず。

それはきっと……あの場所にいるわ」

『わかりました。
麗眞坊ちゃま、一度通話を切ります』


そんな会話が交わされたわずか数分後、また携帯がこの場にはそぐわない、軽快なリズムの曲を奏でた。

その音の主は、美崎さんの携帯だった。

この着信は、相沢からのものであるらしい。


「もしもし?

相沢さん?

こうして電話を掛けてきたということは、やはりその類のアナウンスだったのね。

地下に行けば分かるわ」


その言葉で、相沢は腑に落ちたようだった。

その後に交わされた会話は何もなく、
感謝いたします、美崎様。の一言だったからだ。

その言葉尻が少し嬉しそうだったのは、美崎さんと話せたからだろうか。


それから1時間ほど経った頃、相沢は食堂に戻ってきた。


「相沢……。
姉さんは?」


「地下のバーで、専属のバーテンダーが止めるのも聞かず、無理な度数のお酒を飲み漁ったのでございましょう。

泥酔状態となっておりましたゆえ、ただいま高沢が処置を行っております」


「……おそらく、ドクターヘリ内で、ね。

さっき私の携帯から情報監視室に連絡を取ってみたら、ドクターヘリの中でも性能のいい機体が飛び立った形跡があると言っていたもの」


「そんな……」


「麗眞坊ちゃま、ご心配なさらず。

彩さまの酔い具合は、酩酊期と呼ばれる、死に至る段階の2つほど前のステージ。

高沢が正しい処置をしてくださっている上に、発見は早かったと伺っています。

おそらくじきに、元の彩さまに戻りますよ」


「良かった……」


俺の両親の間に挟まれている椎菜は、食事どころではないようだ。

俺と美崎さん、相沢の話を聞いて、うるうるともらい泣きをしている。


そんな中、インターホンの音とともに重厚な作りの門が開き、姉さんの執事の矢吹さんが姿を現した。


「相沢……すまない。
私のお嬢様が、多大なるご迷惑を……」


神妙に頭を下げた矢吹さん。

その様子を獲物を捕らえた蛇のような目つきで睨んでいた美崎さん。

矢吹さんの前に、高く細いピンヒールの音を食堂全体に響かせて歩み寄る。


何事かと、皆が固唾を飲んだ、次の瞬間だった。

俺も含め、その場にいた全員が、驚きのあまり、目が飛び出さんばかりに驚いていた。

相沢なんてキョトンとしている。

美崎さんが、矢吹さんの頬を、立て続けに2度、平手打ちしたのだ。


「美崎さま……」


「ホント……ありえない……!

アナタ、ホントに彩の執事?

自分の仕えるお嬢様を屋敷に置いて、エージェントルームの人たちに自分がペンタゴンで培った技術教える?

タイミングを考えなさいな!

そんなこと、彩が副業で忙しいときに、いくらでも教えられるでしょ!


下手な話、こんなことじゃ済まない、誘拐とか拉致とか、はたまた強姦とかされてたらどうするつもりだったの?

彩の前の執事は、こんなことしなかった。

自分の大切な人を守るためなら、主である蓮太郎さんや、そ忌々しい私の義母だったりしたけれど。

そういう人たちにも歯向かってたわ!

執事ってそういうもんじゃないの!?

しかも、アナタ、ホントに分かってない、彩の事なんてちっとも!

アナタ、知らないでしょ!

彩がこの数週間前から、人知れず、今回の政略結婚相手から脅迫状送られてたこと!

……知るわけないわよね。

知ってたら、彩があんなヤケ酒に浸ってこんな騒ぎになんて、なるはずないものね。

ドクターヘリに同乗させてもらって、彩の今の状況を思い知るがいいわ。


貴方は、今、この部屋にいる人全員に、多大なる心配と迷惑を掛けたことを、よーく反省することね!」


長々としたセリフを捲し立てた美崎さんは、足早に食堂を出て行った。


何とも言えない重苦しい空気が、ほんの数時間前まで華やかだった食堂を包んだ。


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