太陽と雪

仕事

ようやく、現場に到着。
現場となったのは、ある公園。


「すみません、遅くなりました」


「いやいや、すまないね、彩ちゃん。
いろいろ、忙しいのに」


上司の言葉を軽く無視して、エルメスの高級腕時計を見せながら、言う。


「死亡推定時刻は?」


「さ……昨日の、深夜2時でございます」


なるほど。
時間は経っているわね。

……かなり。


「死因すらも、わかっていないのかしら。

これだから日本の警察は作業が遅いのよ。

アメリカの検死官なら、今頃司法解剖の作業に移っている頃よ、全く……」


「それが……死因は断定できなくてですね」


「あら、もうとっくに、断定済みかと」


死体を見て、嫌な記憶が蘇ってきた。

死亡したと思われる日、昨日の深夜は、暴風雨がひどかった。

何せ、雷が怖かったし、雨風が窓を叩きつけるのがうるさいしで一晩中、矢吹に側についていてもらった。

そのことを鮮明に憶えているからだ。

ついでに、隣にいる矢吹の温もりに安心したり、彼のフレグランスの香りに男の色気を感じたりもした。

妙にドキドキしたことも思い出す。

少しだけ、矢吹の香水をつけさせてもらったことがあった。

何だか、ムスクの香りが新鮮で、少しだけ、大人になれた気がするのを覚えている。

香水に安心したのか、矢吹の胸板にもたれかかるようにしていた。

何だか恋人同士みたいでくすぐったく感じたのだけは記憶にある。

矢吹の規則正しい心臓の音が子守唄みたいだったのが、強烈に印象的で。

気がついたら、きちんとベッドに横になっていたのだ。


決して、矢吹が男の人として好きとか、そんな感情は全くない、ない。

地球の陸と海の割合が逆転するくらいありえない!

ぶんぶん頭を振って、思い出したそれを脳内から追い出した。

今は仕事中だ。
集中しなくては。


近くの倉庫のシャッターは、かなり年季が入っていて、補修を繰り返していたという。

シャッターがひどい暴風雨で飛んでいって、被害者に当たった……

そういうことね。

シャッターだけじゃなく、ブロック塀も飛んだみたいだから、恐らく、圧死ってことで…いいのかしら。


「そういうことだと思うわ。
あくまで、一監察医の意見だけど」


「彩ちゃん。
まあ……その線でいいと思うけど。
被害者、背中からナイフで刺されていたんだ」


「それは、シャッターのことでビルの管理者とモメて、管理人さんが勢いで……ってことじゃないの?

私にそこまでは期待しないでほしいわね」


私はそう言って、リムジンに戻ろうとした。

この場にこれ以上居るのは危険だと、本能が訴えているようだ。

圧死って聞くと……思い出してしまう。

前の執事の……藤原の事故。


トラックが藤原の乗っていた車にぶつかったのだ。

バックミラーで、左右に蛇行しているトラックがあったのは気にかかっていた。

藤原は、その時からヤバイ予感を察知していたのだろう。

無線で連絡をとって、近くを走っている別の使用人の車をこちらに来させた。

そして、私をその車に乗せ、近くのホームセンターの駐車場へ向かわせたのだった。

車が駐車場に着いたのを見計らって、藤原が車を降りた。

危ない運転をしている車に駆け寄った。

万が一にも、運転手が急病や飲酒運転等の場合を考えてのことだったのだろう。

その車は急激に速度を上げ、藤原目掛けて正面からぶつかった。
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