crocus
crocus 02
大型複合施設の建設側と、開発予定地域に入っている商店街との話し合いは平行線に終わったらしい。
話し合いはこれからも続くようだった。
話し合い、で折り合いはつくのかだろうか。テレビや映画で見るような、恐喝やいやがらせ行為が始まったりしないかな。
若葉はクロッカスのみんなのバンド演奏を聴きながら様々な不安を巡らせていた。
「若葉ちゃん、だったかな?生ビールおかわり頼むよ」
「あ、は、はい!」
こんな風に毎週金、土曜の夜を楽しみにしているお客さんがたくさんいるのに。
「はい、どうぞ!ごゆっくり」
「どうもありがとう。若い女の子に注いでもらったビールは格別だろうなぁ~」
「ふふっ、そんなそんな。飲み過ぎには気をつけてくださいね?」
商店街で靴屋さんをしているというおじさんに、ジョッキから白い泡が溢れそうなビールを手渡せば、仲が良そうなメガネ屋のおじさんの隣に戻っていった。
「若葉ちゃん、どうしたの?表情、暗いわよ?」
隣から声をかけてきたのはオーナーさんだった。
薄暗い照明がオーナーさんの端正な顔立ちをより際立てていて、睫毛なんか一円玉が乗せられるんじゃないかと思う程クルンとしている。
「若葉ちゃん?」
「へ?うやっ、はっ…と!」
思わず見惚れてしまっていた若葉は現実に引き戻され、磨いていたグラスが手から滑り落ちそうになった。
「す、すみません。……もしクロッカスがなくなったりしたら、悲しむ人が多いんだろうなぁって…心配になっちゃって」
「ふふっ、そうだったの……。大丈夫よ!そうやすやすと手離したりするもんですか」
大きくて綺麗な手のひらでポンポンと頭を撫でられれば、不思議とあっという間に安心感がそこから溢れた。