あの子の好きな子

ホチキス事件




【ホチキス事件】





9月の終わりだった。
学園祭に向けて学校中がバタバタとしたムードの中、私も広瀬くんもあまりその輪には参加せずのほほんと過ごしていた。その日もクラスメイトたちが買い出しやら教室の装飾やらに奮起しているので、さすがにと思いなにか適当な仕事を探した。私のいまいちモチベーションの低い態度は、実行委員をイライラさせたかもしれない。

聞いたところティッシュで紅白の花を作る作業の人手がなかったそうなので、やる気のない広瀬くんを誘って廊下のすみっこでティッシュを折っていた。

「私、こういうのだめ、不器用なんだよね。広瀬くんは?」
「得意」
「うわっ、本当だ、お花きれい。広瀬くんもっと他の装飾手伝えばいいのに。役不足ってやつだよ、それ」
「やだよ」

広瀬くんが折ったティッシュは折り紙みたいにぴしっとしている。花びらを広げるときれいなまん丸になって、私の歪んだぶさいくなお花とは違いが明らかだった。広瀬くんの指は長くて器用だ。意外にも。

「うーん。持って生まれた差なのかな。どうしてこうなっちゃうかな」
「おい、ホチキス貸せ」
「同じ作業してるのに・・・おかしいな」
「あゆみ。ホチキス」
「うーん、雲泥の差」
「おい、あゆみ。ホチキス貸せってば」

その頃私は、広瀬くんの話を一度聞こえないふりをすることにはまっていた。なぜかと言ったら、名前を呼んでくれるから。最初においと呼ばれて返事をしないと、広瀬くんはあゆみと呼んでくれる。私の意図に気付いているのか気付いていないのかわからないけど、広瀬くんはすぐにイライラする。このまま嫌われるかもしれないけど、私はどうしても一日に一度は広瀬くんにあゆみと呼ばれたかった。

「ごめん、はいホチキス」
「お前、一度耳鼻科行け」
「え?なんで?」
「じゃあ精神科」
「ごめん、ごめん」

広瀬くんは全くとかなんとか言って怒っていたけど、手元のホチキスは正確にティッシュの束をとめていた。


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