解ける螺旋

 緻密な螺旋



学生が帰宅した後の静かな研究室。
出張で不在の教授の代わりに、愁夜さんが論文のチェックをしてくれていた。
眉間に皺を寄せて論文を読む愁夜さんの表情を窺いながら、私も健太郎もそっぽを向く。


昨日の今日。
さっき遅れて研究室に入って来た健太郎はどことなく様子がおかしくて、どう考えても友好的な空気は生み出せない。
いつもは賑やかな研究室に、プリントアウトした論文のページを愁夜さんが捲る音だけが、乾いた音を響かせている。


やがて読み終えた愁夜さんが、フウッと息をついて顔を上げた。
それを見て私も健太郎もなんとなく背筋を伸ばす。


「仮提出まで後何日だっけ?
もう少し文献当たった方がいい。
何て言うかな……纏まってはいるんだけど、ちょっと手ぬるい。
実験データが必要なら、可能な限り僕も付き合うけど」


そう言って困った様に微笑む愁夜さんは、やっぱり健太郎がいるからこの態度なのか。
私にとっては空々しくも見える優しい『樫本先生』
健太郎は黙ったまま目を逸らしている。
そんな健太郎に、愁夜さんは溜め息をついた。


「まあいいけど。
……二人でよく考えて、僕なり教授なりに相談して」


そう言って立ち上がった愁夜さんに、健太郎が先生、と声を掛けた。


「何?」


振り返った愁夜さんに、健太郎が顔を上げて真っ直ぐ視線を向ける。


「先生って、妹さんいるって言ってましたよね」


唐突とも言える話題に、愁夜さんも少し目を丸くした。
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