解ける螺旋

 曖昧な不安と怖れ




大学の講義を聴講した後、少しいつもより遅い時間に研究室に走る。
今日は次の学会に向けて、健太郎とスケジュール調整を確認する約束をしていた。
ずっと一緒に研究を続けているからと言っても、まだ必要な文献で読み終えてない物もあるし、足りない実験データもある。
かなり綿密にスケジュールを組まないと、教授に仮提出するまでに論文が間に合わない。


講義を聴講する事は言ってあるけど、残り少ない日程に健太郎は焦り気味だったから、多分イライラして待っている。
だから私も大急ぎで廊下をダッシュして研究室に着いたのに。


「あ、あれ……?」


手を掛けたノブは回らない。
もう一度回してみても、ガチャガチャと音を立てるだけだった。


誰もいない? この時間に。
急いで来たのに気が抜けた。


あ~あ、鍵を借りに行かないと。


今は走って来た廊下を、今度はゆっくり歩いて戻り掛けた時、


「うわ」


角を曲がって目の前に現れた樫本先生に激突した。


「ひゃっ! あ、ご、ごめんなさい!」


多分咄嗟に、だと思うけど。
支える様に伸ばされた手にドキッとして、私は慌てて飛び退いた。


私の反応に、あれ? とちょっと不思議そうな顔をしながら、先生はクスクスと笑うと少しだけ身を屈めた。


その姿で初めて気が付いた。


「す、すみませんっ!」


なんだかすごくかさばって重そうな荷物を両手で抱えていたのに、私に手を伸ばしてくれたせいでバランスを崩した荷物と、研究室の鍵が廊下に落ちていた。


「拾います。先生はそのままで……、ああ、ほら! 屈むと余計に!」


慌てて先生を止めたけど、どうやら一瞬遅かった。
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