犬と猫…ときどき、君

「春希っ……どこ行くの!? ねぇ!!」

腕を強く掴んだまま、私の問いかけに答える事もなく、春希は歩き続ける。


「腕痛いよっ!!」

ギリギリと強い力で握られ続ける腕に、私が声を張り上げた瞬間、春希はハッとしたように立ち止まった。


「……悪い」

腕をスッと離した春希は、下を向いて顔を歪めたまま、ポツリと謝罪の言葉を口にした。


「……」

「……」

小さな沈黙の後、一度ゆっくりと息を吐き出した彼から、私は視線を逸らしてしまう。


こんな事をしても仕方がないって、わかってる。

このままじゃ、胸のモヤモヤが消えるワケなんかない。


だけど――……。


どうしても、さっきの光景が頭に浮かんでしまって。

怒りなのか悲しみなのか、よくわからないドロドロとした感情が、胸の中に渦巻いてどうしようもない。


“松元”――たったそれだけの言葉。


それに対して、こんなに動揺するのはおかしいって、自分でも思う。

でもその想いとは裏腹に、それはすごく大事なことだって思う自分もいて。


下を向いたまま、手をギュッと握りしめた私の頭上から、春希の、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「胡桃?」

「……うん」


ゆっくりと視線を上げた私の目の前には、私の瞳を真っ直ぐに見つめ、まるで、心の中を覗き込もうとしているかのような春希の瞳があった。


どうして、そんな目をしているの?


「胡桃」

繰り返されたその言葉に小さく首を傾げるけれど、一向に続きを口にしない春希の様子に耐え切れず、口を開いた。


「どうしたの?」

「……うん」


目の前で、ゆっくりと息を吐き出して、小さく頷いたあと――……

「胡桃が好きなのは、誰?」

春希の口から紡がれたのは、そんな言葉だった。


「……え?」

わずかに震える彼の瞳に、私は驚いて言葉を失う。


どうして、そんなことを今更?


私達の関係は、あんな事で――あの子の、あんな一言で、揺らぐような関係なの?


「どういう意味?」

見据える大好きな黒い瞳が、少しずつ滲んでいく。


「胡桃」

「ねぇ、どういう意味?」

震えそうな声は何とか抑えたのに、涙が零れ落ちてしまう。


だって、こんなのおかしいよ。


「……胡桃」

頬に触れる春希の指先は、すごく温かいのに。

後から後からこぼれる涙が、止まらない。


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