桜ものがたり

花蕾

 光祐さまと祐里は、紫乃の焼いたマドレーヌを持って、

東野家へ森尾の車で向かった。

 森尾夫婦は、紫乃から祐里の縁談話を聞いて、祐里を元気づけようと

車の後部座席に溢れんばかりの菜の花を飾った。

 祐里は、森尾夫婦の心遣いの菜の花の香りに包まれて、こころに陽光が

差し込んだように感じていた。

 東野家では、伯母の紗代子(さよこ)が光祐さまと祐里を迎えた。

「光祐さん、いらっしゃいませ。ますますご立派になられましたね。

 祐里さん、いらっしゃいませ。この度は、大変でございますね」

 紗代子は、光り輝く好青年の光祐さまと一歩後ろに立つ慎ましやかな祐里を

見つめて相好を崩した。

 娘の萌と同じ年でありながら、苦労して育っている祐里を憐れに思いつつも、

清らかに成長する祐里に好感を抱(いだ)いている。
 
「こんにちは、伯母上さま。ご無沙汰でございました。

 この度は、母がお世話をおかけしております」

 光祐さまは、丁寧に頭を下げた。

「こんにちは、伯母上さま。ご心配をおかけして申し訳ございません。

 紫乃さんのマドレーヌでございます。

 どうぞ、みなさまでお召し上がりくださいませ」

 祐里は、お辞儀をすると菓子箱を紗代子へ恭しく差し出した。

「ありがとうございます。薫子さんがお待ちかねでございます。

 さぁ、こちらへどうぞ」

 光祐さまと祐里は、紗代子の案内で、明るい廊下を渡り、

奥さまが娘時代を過ごした南側の薔薇園に面した部屋に通された。

 廊下の窓からは、薔薇園の高貴な薔薇の香りがたち込めていたが、

薔薇の香りを愛でる気分ではなかった。

 紗代子が薫子の部屋の扉を叩いて、光祐と祐里を招き入れると、

気を利かせて部屋を辞した。
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