桜ものがたり

秋桜

  夏の陽射しが和らいで涼やかなそよ風が吹き抜ける頃になると、

桜川の清流が秋空を映して青く澄み渡り、川原は一面薄紅色の秋桜で覆われる。

 祐里は、桜の季節の次にこの秋桜の頃が好きだった。

 ただ、光祐さまが都に行かれてからは少々淋しい秋桜の頃ではあった。

 光祐さまが小学生の頃は、毎年秋になると、桜川の川原で秋桜の冠を

作って祐里の頭に載せてくださった。


 土曜日の午後に祐里は、澄み切った青空の下、お屋敷に飾る秋桜を

桜川の川原に摘みに出た。

 可憐な秋桜がそよ風に靡くように揺れていた。

 穏やかな陽射しの中、祐里の周りには小鳥たちが飛び交って

可愛い声で囀り、川のせせらぎでは小魚が集まって呟きかけるかのように

のどかに泳いでいた。

「姫。何をしているの」

 祐里が見上げた川沿いの土手の道には、柾彦が笑顔で立っていた。

「こんにちは、柾彦さま。

 とても綺麗でございますので、お屋敷に飾る秋桜を摘んでおりますの。

 柾彦さまは、お出かけでございますの」

 祐里は、摘んだ秋桜を柾彦に掲げて見せた。

 柾彦は、薄紅色の秋桜に囲まれた祐里を御伽噺に出てくる姫のように感じて

見惚れていた。

 まるで祐里を取り囲んでいる秋桜が天女の羽衣のようであった。

「あまりに天気がよかったから、姫に会えるような気がして散歩に

出てきたのだけれど、やっぱり会えたね」

 柾彦は、川原の坂を一気に駆け下りた。

「私も、あまりにお天気がよろしゅうございましたので、川原に来ましたの。

 秋桜がちょうど見頃でございます」

 祐里は、一人で見る秋桜よりも柾彦と一緒に見る秋桜を一層美しく感じていた。

 必ず、柾彦は、祐里が困った時や淋しい時に姿を見せてくれた。

「姫には、秋桜も似合うね。風に靡く秋桜の可憐な花のようでありながら、

実はこの根のようにしっかりとした強さを兼ね備えているし」

 柾彦は、可憐な花を抓んでから腰を屈めると秋桜の太い根元を指差した。

「まぁ、柾彦さま。私は、そのように強うはございません」

 祐里は、頬を赤らめた。柾彦は、儚げでありながら毅然とした祐里の

真の強さを感じていた。

 自分は、祐里の守り人でありながら、それでいて祐里から守られ力を

得ているように思われた。

「はい。姫は、か弱き姫でございます。姫には、小さな花束を贈りましょう」

 柾彦は、秋桜の花の細い茎を手折り、丸い小さな束にして祐里の前に

差し出した。

「柾彦さま、可愛い花束でございますね。ありがとうございます」

 祐里は、満面の笑みで小さな花束を受け取った。
 
 力強く愛してくださる光祐さまを一途に慕いながらも、

祐里は、優しく側で守ってくれる柾彦と一緒に過ごす時間を楽しく感じていた。
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