テノヒラノネツ
「千華」

千華は手を振り解いて、タクシーを捕まえるために手を上げた。
タクシーは直ぐに掴った。
千華の鼻も目も、真っ赤になっていた。
それが寒さのせいじゃないことも、彼女自身はよくわかっていた。
「古賀君は……変わったね」
千華はそう言い残して、タクシーに乗りこみ、その場を離れた。
運転手に行き先を告げて、顔を両手で覆う。
彼の暖かさが右の掌に残る。
握り締めた掌……彼の熱が残る掌にキスをする。
千華自身、今まで誰とも付き合ったことがないとは云わない。
ただいつも心の中には古賀の存在があって、交際している彼等は、千華の様子を察して、自然と離れていってしまったのが実情だ。

(だめじゃん。幼馴染が懐かしいからって、付き合いたい人がいるのに手をつないじゃ)
涙が掌に落ちる。

(……昔はそんな人じゃなかったよね? もう変わっちゃったの?)

今時、誰だって、手をつなぐぐらいのスキンシップはするだろうけれど、彼はそういう人じゃなかったはずだ。

変わってしまった。

気のない女性の手を取って歩くなんて、いくら付き合い長く親しい間でもしないと思っていた。傍に意中の人がいてやきもちやかせたくて、別の人にスキンシップを諮る人もいるだろうけれど、彼はそういうことすらもしない人だと思っていたのに……。
タクシーの運転手は 千華の様子をバックミラー越しにみて「お客さん、吐かないで下さいよ」と冷ややかに云い放す。
千華は涙を堪えて「大丈夫です」と答え窓の外に視線を移した。
クリスマス向けの華やいだ――――街を彩るイルミネーションを眺めて、気持ちを落ちつける。
さっきのは酔っていた彼が気まぐれに、 千華と手をつないだのだ。
酔ってないと云っていたけれど、あれは酔っていたのだ。
でなければ、そんなことはしないだろう。
最初からわかっていたことを、改めて自分の中で言い聞かせて……。
掌のぬくもりが消えていく。
手を差し伸べてくれた、彼の優しい表情を思い出して、千華はまた泣き出しそうになった。
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