愛を教えて
「それは……はい。聞いております。しかし、形だけだと父は申しておりました」


万里子は即答した。

渋江には娘がふたり、息子がひとりいる。娘ふたりはすでに結婚しており、合計三人の孫がいたはずだ。

ひとり息子の弘樹は現在二十六歳。国立大学を卒業して、今は地方の銀行に勤めている。
その弘樹が、先日の万里子の縁談を聞き、慌てて名乗りを挙げたのだと言う。

『ふたりともまだ若い。結婚は数年先ということで、気が合うようなら婚約してはどうだろう?』

そう渋江から打診されたのだ。


この話には、万里子の父も闇雲に反対とは言わなかった。
だが、万里子は断った。娘を溺愛する父が、嫌がる彼女に結婚を無理強いする訳がない。
万里子の父が正式に断った結果、形だけでも見合いをして、後日、“渋江家側から”断られる予定である。

それで渋江や後継者である弘樹の面目が立つなら、と見合いを承諾した。


「残念ながら、今夜の見合いは形だけではありません。あなたが結婚を承諾しなければ、あなたのお父上の会社はたちまち危うくなる」

「そんなっ! 頭取はそんな方ではありません。ご子息の弘樹さんも……子供のころから存じております。藤原さんと言われましたね。あなたのほうが誤解しておられます」


むきになって否定する万里子を、卓巳は作り物とわかる笑顔でやんわりと受け流した。


「いいえ、誤解しているのはあなたです。見合いの相手は弘樹君ではない」


卓巳はひと呼吸置くと、とんでもない内容の台詞を一気に言い放った。


「相手はこの私です。私があなたを指名しました。あなたには私の妻になってもらいます。断った場合、千早物産は明日にも倒産、自宅も差し押さえられ、あなたとお父上は住む家もなくなるでしょう」


< 14 / 927 >

この作品をシェア

pagetop