愛を教えて
「お前がお手上げとは情けないな。無ければ作れ! 銀行に手を回せば、父親の会社を傾けることは可能だろう。父ひとり子ひとり……孝行娘なら尚のこと、父の窮状を知れば黙って従うだろう。だが、もうひと押し必要だな」

「色仕掛けはどうですか? 社長が、愛を囁いてベッドに連れ込めば、翌朝にはサインしますよ」


軽口を叩きながらにこやかに笑う。
仕事では融通が利かないが、プライベートではかなりの遣り繰り上手だと聞いている。
主に女性関係だが……卓巳には興味のない話であった。


「宗、君はそんなに暇なのか?」


デスクに置かれた万里子の写真に視線を落としながら、いよいよ卓巳は不快感を露わにした。

宗は咳払いをして表情を引き締める。


「いえ、続きを報告します。千早万里子は清純無垢な処女に見えますが、女はわかりませんね。彼女は四年前、高校三年生の秋に千葉市内の産婦人科に二、三度通院しています。病院の看護婦に金を握らせたところ、妊娠中絶の手術を受けていたことが判りました。カルテは無理でしたが、中絶同意書のコピーを入手いたしました」


その報告に、一瞬、卓巳の表情が曇った。

卓巳は、新たに手にした報告書に目を通しながら、 


「――この男が相手か? 何者だ」

「香田俊介《こうだしゅんすけ》、千早家で働く家政婦、香田忍《こうだしのぶ》の息子です」

「家政婦の息子だと!? 何でそんな男と……」

「俊介は大学を出るまで、母と一緒に千早家に住み込んでいたようです。ミッション系女子校育ちの彼女にとっては、数少ない身近な男性だったのではないでしょうか? しかし、俊介はその年の三月に結婚しています。中絶の時期から、夏以降に関係があったとすれば、当然、不倫の関係ですね。俊介は公立の中学教師ですから、おおやけになれば免職でしょう。それと、父親は中絶の事実を知らないようです。その辺りをつつけば、首を縦に振るのでは?」


こんな切り札があるなら早く言え、と思いつつ。卓巳は、妙に胸がざわめくのを抑えきれない。


< 2 / 927 >

この作品をシェア

pagetop