愛を教えて
「だが僕は君の本性を知っている。汚い女には触れたくない。だから君を妻にする。それに君は演技派だ。――頭取や弘樹だけでなく父親まで騙し、無垢なフリを続けているんだからな」


それは悪意に満ちていた。

とても結婚を申し込んだ相手に聞かせる言葉ではない。精神的に立ち直る時間を与えず、徹底的に叩きのめしたのだ。

卓巳は獲物を自分のテリトリーに少しずつ追い込む。そして首に縄をかけ、一気に引き絞った。


「君に断る自由はない。答えはイエスのみだ」


卓巳の決め付けに、万里子は虚ろな瞳のまま首を縦に振った。


それを見届けると卓巳は嘲笑を浮かべ、万里子の横をすり抜けてウッドデッキから下りようとした。

途中で立ち止まり、彼は万里子に声をかける。


「ああ、帰りの挨拶のとき、僕は君に明日のデートを申し込む。君はそれを受ければいい。続きは明日だ」


このとき、わずかに卓巳の手が万里子の肩に触れた。その瞬間、万里子の全身に走った緊張など彼に気づくはずもなく……。

卓巳は生け捕った獲物に満足しながら、パーティで華やぐリビングに戻って行った。


夏の名残を思わせる風が、万里子の白いワンピースの裾を揺らす。

彼はもう少しその場にいて、万里子の頬を伝う涙を見るべきだったのかもしれない。


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