愛を教えて
「そうだな。ところで、ふたりの関係は続いているのか?」


それは大きな問題だった。事と次第によっては、卓巳の計画も変更せざるを得ない。


「いえ。現在、万里子の周辺に男の影は見当たりません。よほど上手く立ち回っていれば別ですが」


きっぱりとした宗の返答に、卓巳は深く息を吐く。

しかし、次に彼の胸に込み上げてきたものは、万里子に対する憤りであった。


「お嬢様のひと夏のアバンチュール、か……結果がコレとはお粗末な話だ。愚かな女の典型だな。だが、そういった女のほうが扱いやすい。取引先の銀行に手を回せ。それで承知しない時は、この一件がジョーカーになるな。よし、話を進める。お前もうまくやってくれ」

「はい。通常業務とはいささか毛色の変わった仕事ですが……」


卓巳の命令で、ライバル企業に裏工作を仕掛けさせることはある。
だが、何の利害関係もない女性を……言い方は悪いが、罠に嵌めるのだ。良識なり良心なり持ち合わせている人間であれば、胸を痛めて当然であろう。


「茶番は承知だ。だが、しくじれば私は全てを失う。祖母の考えは判らんが、従うしかない。私は千早万里子を妻にする」


“株式会社F総合企画”
そんなプレートがドアの外に光っていた。

深夜零時、この時間になれば、残っているのはF総合企画の社長である卓巳と秘書の宗、ふたりだけであった。

だが、卓巳の肩書きはそれだけではない。

国内最大規模のコンツェルン、藤原グループの若き総帥。

今の彼に敵はいない――“今の”彼には、である。

卓巳は、コンクリートジャングルの片隅に身を潜める獲物を見つけ、密かに射程に捕えたのであった。




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