「以上が契約条項です、ご納得いただけましたらサインと捺印をお願いします。ああ、拇印で結構ですよ」


仏頂面で座り続ける卓巳とは違い、宗は営業スマイルが板についている。その反面、メガネの奥の瞳は笑っていない。
まだ、万里子に対してストレートに表情を変える卓巳のほうが信用できる気がした。

だが、よく考えれば、その卓巳が万里子を脅し、偽装結婚を強要しているのだ。
『脅迫』と『信頼』は、間違ってもイコールで結べるものではない。

オーナーズ・スイートの雰囲気に飲まれていた万里子だったが、だいぶ落ちつきを取り戻す。


(このまま、何もかもいいなりなんて……)


万里子は頬に力を入れ、表情を引き締めた。


「こんな、一方的な条件はないと思います。あなたの許可なしでは実家にも帰れないなんて。しかも門限が八時だなんて、私は中学生じゃありません」

「大学の送り迎えはうちの車で行う。君は藤原グループの社長夫人になるんだ。当然のことだろう? 君は恥を知らない女性だからね。厳しく管理させてもらう。婚姻中に、他の男の子供を妊娠されては大変だ」


万里子は真っ赤になって息を飲む。
だが同時に、昨夜投げつけられた暴言の数々を思い出し、今度は怒りがこみ上げてきた。


「それに、この別項はなんですか? ご自分は遊び放題だなんて。これで仲の良い夫婦だと、周りは思うでしょうか? 離婚のときに、あなたが非難の的になると思いますけど」

「頃合いを見てそんな噂を流すつもりだ。社長のご乱行とでも週刊誌に書かせれば、ちょうどいい離婚理由になるだろう」


――マスコミは利用するだけで一切媚びない男。

万里子はそんな文章を思い出していた。