愛を教えて
大学を卒業したら生涯を通して、人の役に立てる仕事に就かなければならない。

それは、かつて自分が犯した罪の償いだった。


「ねえ、あの方どこかで見たことがあるんだけど……ご存知?」

「さあ……誰かの恋人じゃないの?」


相変わらず頑なな万里子の態度に、友人たちは誘うのを諦めたようだ。彼女らの意識はすでに別のことに移っていた。


「ねえ、ちょっと万里子さん。こちらを見てらっしゃる方、お知り合いかしら?」


友人の質問に万里子は視線を向ける。
 
万里子たちが話していたのは正門の近く。
そして、正門を出て直ぐの道路脇に一台の車が停まっていた。普段からこの場所は、誰かの恋人や家族が待っていることが多い。

そこに、どう見てもオーダーメードのスーツに身を固め、最高級グレードのBMWにもたれ掛かり、人待ち風情の男性がいた。
彼はジッと万里子たちのグループを見ている。

端正な顔立ちに社会的地位の高さを漂わせる服装。おそらく、エリートと呼ばれる立場の人間だろう。 

次の瞬間、射るようなまなざしが万里子を捉えた。

そのまま数十秒が経過する。だが、彼は視線を逸らせようとはしない。そして、一歩ずつゆっくりと万里子たちに……いや、万里子に近づいて来る。

万里子は彼の瞳を凝視したまま、棒立ちになっていた。


「千早物産のご令嬢、千早万里子さんですね」


それは万里子が想像したより硬質な声であった。
女性に媚びる感じはまるでなく、あくまで事務的だ。


「はい、そうですが……あの、あなたは?」

「失礼。私は東西銀行頭取の友人で……こういうものです」


渡された名刺には『弁護士 藤原卓巳』と書かれていた。


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