卓巳が嘘をついている訳ではない。

彼は六年前に司法修習を済ませ、弁護士会にも登録されたれっきとした弁護士だ。
ただ、弁護士として働いた経験はない。
引き出しの隅に眠っていたバッジを引っ張り出し、今日のために数枚の名刺を刷らせた。


『ストレートに呼びつけて条件を突きつければよろしいのでは? あるいは、社長の代わりに私が話し合いを済ませても構いませんが』


秘書の宗は、妙な小細工をしようとする卓巳を見て、不思議そうに首を捻っていた。


だが、卓巳は何としても、“もう一度”直接会っておきたかった。



卓巳が万里子と初めて出会ったのは、半年近く前のことになる。正確には、卓巳が彼女を見かけた、というだけだが。
当然、言葉も交わしてはいない。
藤原グループが所有する劇場のこけら落とし公演があり、卓巳も招待された。

そのとき、取引先の一社として招待されていたのが千早物産だ。
万里子は父親と共に出席していた。

公演のあと、場所を移して行われたパーティで些細なトラブルが起こり、卓巳は彼女に目を留めたのだ。


(あのときの彼女は、不倫の挙げ句、中絶するような女には……)


浮かび上がった思いを卓巳は慌てて振り払った。


(それが女というものだ。騙されるものか)


あからさまに偽りの関係とわかる女性を、祖母の前に連れて行く訳には行かない。
旧華族出身の祖母が気に入りそうな女性。良血で教養の高い楚々とした女性に決まっている。
その女性像を卓巳が思い描いたとき、万里子の姿が浮かんだのだ。