受付レディは七変化。
1.メイドは反発する




ああ、なんか今日は朝から災難だ。

「おはようございます、本日はどちらにおつなぎいたしましょうか」
ニコ、と笑顔を顔に貼り付けて言ったこのセリフ、本日何回目だろうか。段々と引き上げた口角がヒクヒクしてくる。
8階建てのこのビルの受付は忙しい。
都内に構えたこの建物はなんと自社ビル。
若干のスペースは他社がテナントとして入っているが、殆どが自社スペースときたもんだ。そりゃあ客も多いはずなんだけど。
加えて業種はいわゆる総合商社。建築会社やケーブルテレビ局、はたまたインドネシアの現地の方まで、幅の広すぎる業務形態により客の量は普通じゃない。自動ドアから入れ替わり立ち代りに入ってくる人間の量と、タイルの床を歩くカツカツとした足音の大合唱ににうんざりする。

まぁ、地味目の私はもっぱら電話対応で、受付の仕事は横にいる若い子がメインだ。
・・・若いって言っても、2歳くらいしか変わらないんだけど。
大体はその子一人で対応できるのだが、今日の客の量は半端じゃなく、自分にも声がかかる。

「あの、すいません」
・・・またか。
扱っていたパソコンのソフトを慌てて保存する。
「はい、どちらにアポイントメントを御取りでしょうか」
すでにテンプレートとなった営業スマイルを作りながら、バッと上を向いた。

「うわ。・・・すっごい営業スマイル。きつくない?ソレ」
そこには1時間ぶりの、襟足の長いイケメン。
取り繕った笑顔はやむなく破顔。

「な、なんでここに!?」
思わず勢いよく立ち上がり、本音が飛び出した。
天井の高いシックなオフィスロビーにわんわんと響く私の慌てた甲高い声。
あれだけなっていた足音もピタリと止まり、周囲は一気にしんとなる。
その光景は朝の電車を思い出させるが、
立ち止まったみなさんの視線の先は痴漢ではなく、もちろん私。
「あっ・・し、失礼しました」
そう言って慌ててお辞儀をすると、一時停止していた周囲の世界はやっと再生して、喧騒が戻る。

くっ・・我ながら恥ずかしいリアクションを・・。
熱い顔を俯かせ恥ずかしさでバクバクする心臓なんか気がついても居ないんだろう。
目の前のイケメン男は半笑いで話しかけてくる。
「うっわ、恥ずかしー。やめてよそういうリアクション」
しかも結構大きめの声で。
まだまだ冷めない顔を赤くして、その男に小声で食って掛かる。
「ちょっ、静かにしてくださいよ!なんですかいったい!」
「なんですかいったい、って一応お客様なんですケド、俺」
「お客様ぁ!?」
「ちょ、せん、先輩!」
思わずガラが悪くなる私を留めたのは後輩の重森だ。
私に代わるメインの受付嬢でもある。
いつもゆったりとしている彼女が、珍しく慌てた顔で私を見ている。
「な、何?どしたの?」
重森が私に耳を貸すように手招きする。
何事だ?と耳を貸す。
近づいた重森のフロールな香水とゆるふわな髪の毛が鬱陶しい。
すると、貸した耳を疑うような言葉が飛び込んだ。

「この方、うちの超!上!お得意様の新しい担当の方ですよ!ほら、充永ソリューションの」
「み、充永ソリューション!?だってそこの会社いっつもおじいちゃんが」
充永ソリューションって言ったらウチの会社とのやりとりの上位30%を締める、超がつくほどのお得意様だ。
たしか、体格の小さめな白髪のおじいちゃんが来ていたはずだけど・・・。
「最近変わられたんですよ!」
・・・しばらく受付を任せ切りにしてはいけない、ということか。
会社の顔である受付のくせに、上顧客を前に喧嘩腰で叫ぶことになるなんて・・・。
しかも、最初から得意先だと知ってたら、朝の段階であんな逃げ方せずにお世辞の一つでも言えただろうに・・・!

「どうも」

コソコソ話をしたり百面相する私にしびれをきらしたのか、
私の前にずいっと名刺が飛び込んでくる。

「株式会社充永ソリューションの充永と申します」

充永?というと、名字からして親族なのだろうか。
え・・っていうか充永って超大きい財閥グループだった気がするけど・・・。
そそくさと名刺を見ると確かに「充永留路」と書いてある。
・・・・みつなが・・・ろじ・・・・?
「ちなみにりゅうじ、ね。」
私の百面相を読んだのか、ココぞとばかりに注釈が入ってくる。
うるさい!わかっとるわい!
と、もしこれが職場じゃなかったら言ってるかもしれない。と、思えるくらい、この男の言い方ってなんか鼻につくっていうか。
案の定、顔をちら見すれば、「こんな字も読めないのかよ」って顔をして鼻で笑っている。
この、他人に対して 上から な感じ。
100%親族でおぼっちゃんだな。

「えーっりゅうじさんって珍しい字書くんですねぇー♪かっこいい~」
そんな敵対視たっぷりの私を尻目に、横の合コンキラーがさっそく動いている。
充永グループって言えば
不動産業やテーマパーク、ホテル、インターネット事業など
あらゆる会社を持つスーパー優良企業。
そこの社員ってだけでも大当たりなのに親族が来たとなるともはや飢えた女性たちにとっての獲物。
空腹のトラの目の前にサーロインステーキがあるようなもんだろう。

・・・私はあんまり興味ないんだけど、ね。
いくら金持ちって言ったって、こんな上から目線のやつはお断りだ。

「で、重森ちゃん。この失礼な人の名前なんていうの?」

失礼なとは失礼な!
ムッとしてまた言い返しそうになるが、コホンとひとつ咳払いをして受付カウンターのパソコンへと向き直る。

「先輩は柏木麻綾っていうんですよー、かわいいですよねー」
そのかわいいってセリフ、棒読みなんだけどね、重森ちゃん。そう思いつつも目線はPCに集中。二人の会話は右から左へ。
「ふーん・・・、ま、いいや重森ちゃん、この書類渡しといてくんない?営業部の林さんに」
「あっ、わかりましたぁ。」
「よかったら今日の11時の会議で使うっていうから、持って行ってやってくんない?」
11時って・・PCの時計をちらりと見れば、時刻は10時50分。
結構ギリだな・・。
てかそんな時間がヤバイもの持ってたのにこんなとこで喋ってたんかい!!
という心のツッコミは口にも顔にも出さず、もくもくとデスクワークをこなす。
「えーっ、もっと充永さんとおしゃべりしたかったぁ」
そう言って重盛がこちらの方をチラリと見る。
・・・行かないぞ。私は黙って首を振る。アンタを置いてったって、デスクワークが減るわけでもないし。

「おしゃべりはまた今度ね」
「今度ねって言っていっつも約束まもってく「ほらほら、林さんの会議始まるんじゃないの?」
そう言われ、「もーーー」と言いつつ怒りを足音に表しながらエレベーターに向かう重森。
受付に残った襟足イケメンこと充永留路はなぜかデスクワークをする私をまじまじと見ている。
そして、長居するかのようにカウンターに肘をつきだす。
・・・まだ何か話すことがあるのか。

「柏木サンはいっつもあの電車?」
「・・・・」
「帰りは何時?」
「・・・」
「定時、6時だよね?この前重森ちゃんに聞いたし」

知ってるなら聞くなよ!!と全力で突っ込みそうになるのを抑えつつ、平常心でキーボードをタイプする。

「ねぇ、今日ヒマ?」
「・・・」
「ねぇ」
「・・・仕事があります」
「終わってから」
「用事があります」
「朝のお礼は?」
・・・しつっこいなぁ・・・
ダンッとエンターを押す自分の手。なかなか引き下がらないそのひとにイライラして、だんだんと平常心が保てなくなってきている。先ほどから打っている文字は何度も間違って、BackSpaceを押すたびにまた、イライラ。

「今日は用事があるんです!」
やっと顔をあげて、イライラの元凶であるその人をにら見つける。
が、そんな私の威嚇を物ともせずに、目の前の男はイケメンの顔でニコリと笑う。
「今日じゃなくていいから、ね」

あーもう!!!!!

「大体!!あなたみたいなイケメンで金持ちをどうお礼すればいいんですか!!!」
立ち上がった勢いでキーボードがガシャッと音を立てる。

瞬間、ざわつくロビー。
そりゃイケメンで金持ち、なんて単語を大声で叫べば注目度もナンバーワンだろう。
案の定女性はガン見している。オッサンは流し目で「へ~」みたいな顔。

私はまた、変なことを叫んでしまったことに真っ赤になり、ゆるゆるとカウンターに座る。

「・・・・柏木さんはさ、俺になんか恨みがあるの?」
上からあきれた声が振ってくる。その人の顔は見れない。
「ちっ、ちがいま「せんぱーいただ今戻りましたー」
そして後方から聞こえる、ナイスタイミングな明るい後輩の声。
彼の顔を見ないように振り返って立ち上がり、重森へとダッシュする。
「し、重森さん、わたし休憩いきます!」
「えぇ!?何言ってるんですか!まだ休憩は先ですよ!」
「トイレトイレ!!」
そしてまた朝と同様、現場から逃げる私。
ヒールをカツカツ言わせてお手洗いへと急ぐ。
くっそー・・・なんかあの人といると調子狂うなぁ・・・。


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