リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
いつもなら、ファンデーションを塗って、ちょっと眉を整えて、リップをつけたらそれで完成という、とんでもなく超お手抜きメイクで作った顔だが、さすがに今日はもう少し手を加えた。
ベージュ系を基調として、アイシャドーとマスカラできちんとアイメイクをして、一応、チークも使って頬も色づけてみた。
眉はきれいに描き上げた。
いつもは、寝癖を直したていどで下ろしている、肩下まである髪も、ワックスを使ってそれなりにスタイリングした。
普段なら十分とかからないメイクを、今日ばかりは十五分ほど掛けたのだ。
明子にして見れば、朝から重労働な気分だった。

耳にはピアス。
最近はめっきり着けなくなったが、ここぞという勝負の時、気合いを入れたい時に着ける四つ葉のクローバーを象ったプラチナのピアスは、亡くなった祖父が就職祝いだと言って買ってくれたものだった。

久しぶりにクローゼットから出した上下揃いのパンツスーツ。
着られてよかったと、朝、鏡の前で冷や汗をかいたということは、口が裂けても言えない秘密だ。
なんせ十三号のスーツなのだ。
昨シーズンのバーゲンで、うっかりサイズを間違えて買ってしまったスーツだった。
買った時には、ちょっと大きくてサイズ直しに出そうかと思いつつ放置してしまったのだが、それが、よもや、ほどよくフィットしてしまった無残なこの現実に、明子は朝っぱらから寝込んでしまいそうだったのだ。

「会議室。こっちが片づいたら、顔出すから」

にたりと浮かんだ笑みは、もう影も形もなく、牧野はまた難しい顔でディスプレイを睨みつけていた。


(んー)
(トラブルって顔じゃないから、手伝えることはないな)


牧野の顔を見てそう判断した明子は、判りましたと答えて、こちらの様子を窺っている沼田に会議室を指差した。
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