高天原異聞 ~女神の言伝~

3 女神達


 青白い月が浮かんでいる。
 夜しかないこの国で、月は唯一の慰めだった。

 あの日まで。

 初めての、そして唯一の恋に落ちたあの日を、どれほど悔やんでも時を戻すことはできない。
 心を失ったまま、夜ごと眺めるあの月は、自分のよう。
 欠けては満ち、満ちては欠け、しかし、永遠に、満ち足りることはない。
 だから、最後の望みだけは、叶えてみせる。
 月を眺めたまま、女神は答えた。

「黄泉神が欲しいものを、くれてやるがいい」

「母上、本当によろしいのですか?」

 驚きを隠さずに男神が問い返す。
 女神は、愛しさを隠さずに我が子を見つめた。
 目覚めて、一番に戻ってきた子。
 唯一の自分の血を受け継ぐ子だ。

「天津神に奪われた豊葦原が取り戻せるのなら、構わぬ」

 この地に追いやられて、永い永い時が過ぎた。
 すでに失うものなど何もない。

「豊葦原は、本来そなたが受け継ぐべきであったのだ。忌々しい天津神によってそなたは封じられ、私は根の堅洲国に追いやられたが、もともと豊葦原は我ら国津神のものぞ」

 ゆらりと、女神は立ち上がった。

「我らのものを取り返すだけだ。何も心配はいらぬ。天津神は未だ目覚めてはおらぬというではないか」

 ゆっくりと、前に進む。
 そうだ。
 あの日、己から進み出て運命を定めたように、もう一度あの美しい豊葦原に戻ってみせる。
 女神は、我が子を抱きしめる。

「案ずるな。我らの豊葦原を再び取り戻すのに、誰の許しがいるものか。還るのだ、本来在るべき場所へ――」

 それを見ているのは、月だけではなかった。



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