高天原異聞 ~女神の言伝~

3 神鳴り


 閉館時刻が過ぎ、美咲は慎也とともに一旦自分のアパートへ帰った。
 夕食をとり、簡単にシャワーを浴び、キャミソールワンピースに着替える。
 これからすることを考えれば、脱ぎ着しやすい服の方がいいだろうと思ってのチョイスだ。
 バスルームを出ると、慎也が自分を見つめたまま黙っている。

「どうしたの?」

 問われて、慎也がにこりと笑う。

「――いや、その服可愛いなあって思って。脱がせやすそうだし」

 後半の言葉に、美咲は顔を赤らめる。

「どうしてそういうこと、言うかな……」

 足早にベッドに近づき、上に置いていた七分丈のカーディガンをはおると、背後から慎也が抱きしめてくる。

「ごめんね、美咲さん。でも、ホントにいいの?」

「――断れないわ、建速には、もう何回も救けてもらってるし……」

 言葉尻が弱くなるのは、自分にもこれが本当にすべきことなのか判断がつかないからだ。
 建速は神代を甦らせて欲しいと言った。
 自分と慎也にしかできないと。
 美咲は慎也の腕を少し放して向き直る。

「思い出すこと、何もないの? 夢を見たりすることは?」

「美咲さんと初めて逢った時、すごく嬉しかったのは、憶えてる。すごく嬉しくて、やっと逢えたと思った。でも、それ以外は夢を見たり、何か思い出すとか、そういうのはないな。だから、正直、建速が言うことも胡散臭いなって思う。実際に、会って話してなければ信じなかったと思う」

 それには、美咲も納得だ。
 建速の言葉だけでは、きっと美咲も信じなかっただろう。
 だが、建速の存在は、そこにいるだけで全てを信じさせてしまう。
 その姿形と、身に纏う神気によって。

 これこそが、神なのだと。

 そんな圧倒的な存在から口に出された言葉――建速は言霊と言った――を、疑うことはできない。
 少し身を屈めて、慎也は触れるだけのキスをした。

「でも、前世の繋がりとか、そんなの思い出せなくても、今の美咲さんが、すごく好きだ」

 胸が切なくなる。
 思わず慎也の頬を引き寄せ、身を乗り出して、今度は自分からキスをする。
 驚いている慎也にそっと告げる。

「すごく、好きよ。大好き……」

 美咲のその言葉に、慎也は一瞬言葉を失う。
 それから、息をつく。

「美咲さんこそ、どうしてそんな顔で、そういうこと言うかな――」

 どんな顔かと問う前に、慎也は美咲をベッドに押し倒して唇を重ねた。
 舌が唇を割って入り込み、美咲の口腔内を貪る。
 手がワンピースのギャザー入りの胸元を覆い優しく探り始めると、美咲ははっとしたように抗う。

「ちょっと、駄目――もう、そろそろ行かないと……」

「――」

 慎也は少しだけ不満そうに、それでも大人しく美咲から離れた。
 腕を掴んで美咲の身体も起こしてくれる。
 ずれたカーディガンを直し、髪を整え直す美咲を見て、慎也がもう一度息をつく。

「美咲さん、そんな顔、俺以外の前でしないでよ」

 振り返って美咲が問う。

「そんな顔って、どんな顔よ?」

「今すぐ入れてもいい、みたいな顔」

「そ、そんな顔してません! なんてこと言うのよ!!」

 真っ赤になって怒鳴る美咲に、慎也がからかうように笑う。

「してるよ。すっごくエロいから、止まらなくなるんだ」

 さらに反論しようとした美咲を遮るように、短くクラクションが二回鳴らされた。

「あ、迎えが来た。行こう」

 さっと切り替える慎也に、納得がいかないものの、美咲は渋々従った。




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