高天原異聞 ~女神の言伝~

4 別離


 根の堅州国で、母神は微睡みからはっと目を覚ました。
 この領域で、息子の気配がする。
 戻ってきたのだ。
 扉を開けると、歩いてくる我が子が見える。

「建御名方《たけみなかた》!!」

 駆け寄ってくる身体を、抱きしめる。

「よく戻った」

「母上……」

 身体を離すと、疲れたような顔がこちらを見下ろしている。
 肩越しには、常に息子の傍らにある事代がいる。

「事代、そなたも大儀であった」

「もったいなき言霊――」

 跪く事代の顔色の悪さに気づく。

「そなた――呪詛の気配がする」

 母神は訝しげに、呟く。
 息子から離れ、母神は事代の顔を上げさせた。
 喉元の紋様に気づく。

「これは――」

「触れてはなりません。この身は呪詛に晒されております」

 これは、禍つ言霊の紋様。
 言霊を操る事代を縛る鎖。

 母神の目に怒りが揺らめく。
 自分の子どもではないとは言え、事代は我が子が弟と認める唯一の者。
 いつでも自分と建御名方に忠義を尽くしてくれていた。
 その我が子同然の事代に、このような呪詛を施すとは。

「何という辱めを――許せぬ」

「おや、そのようなことをおっしゃるのですか?」

 ふわりと、大気が動いた。
 母神がそちらへ視線を向けると、そこには禍つ霊となった美しい国津神がいた。

「木之花知流比売――」

「お久しゅう。須勢理《すせり》比売」




< 181 / 399 >

この作品をシェア

pagetop