高天原異聞 ~女神の言伝~

7 神々の黄昏


 小さき神の名は、神産巣日神《かみむすびのかみ》の御子、須久那毘古那《すくなびこな》であるとわかった。
 出会ったその日から、二柱の神はともに豊葦原を治めるべく動いた。
 己貴の左肩、そこが須久那毘古那の定位置となった。
 小さき神は賢く、己貴に様々な助言を与えてくれた。
 瞬く間に豊葦原の大半の国津神を黙らせ、従えた。
 須勢理比売は子を身籠もり、己貴はようやく幸せを噛みしめることが出来た。
 だが、ある日ふと須勢理比売に違和感を感じ、神威を使って彼女を視た。
 そして、そこに、死の影を捉えた。

 彼女の中に、死が視える――

 己貴は血の気が引いた。
 気づかれぬようその場を離れ、誰もいない自室に走った。

「……須久那、須久那!!」

 左肩に温かな神気を感じ、気づけば小さき神がちょこんと座っている。

「己貴よ、何があった」

「恐ろしいものを視た。死の影が、須勢理を捕らえている。須勢理は――死ぬのか?」

 小さき神は目を閉じたまま、暫し動かなかった。
 神威を使って、己貴が視たものを探っているのだ。
 やがて目を開けた小さき神は、ふわりと己貴の目の前に浮かぶ。

「須勢理比売は、根の堅州国の女王。世界が、彼女を求めている。根の堅州国が、彼女を喚んでいるのだ」

「駄目だ!! 須勢理は豊葦原の女王だ!! 根の堅州国を厭うている。返すことなど出来ぬ」

「返さぬから、死の影が捕らえたのだろう。死神は豊葦原には留まれぬ。故に理《ことわり》が働いたのだ」

「……須勢理を神去らせ、根の堅州国へ喚び戻すつもりなのか……」

 駄目だ。
 失えない。
 例え自身を失おうとも、彼女は失えない。

「……須勢理を、死なせはしない――」

「だが、死の影が視えたのなら、それを覆すことは容易ではない」

「死の影に、別な命をくれてやる。別な命に寄り付かせる。豊葦原と須勢理を、禁厭によって結びつけてみせる」

 己貴の言霊に、小さき神が目を見張る。

「己貴、それは悪しき力だ。禁厭をかけるつもりか? それでは、そなたが死んでしまう」

「構わぬ」

 須勢理比売を豊葦原に留めるために、世界の理にも抗ってみせよう。

「命を懸けて、この呪詛を創り上げる」






< 224 / 399 >

この作品をシェア

pagetop