あいなきあした

6章

向こう3ヶ月の資金しかないという安易な目論見で始めた俺の予想を上回る勢いで売り上げを伸ばし、アルバイトのアキラを雇う余裕まで出来て今に至る。
何より俺がターゲットとしていたサラリーマンや男子学生が、わしわしと麺を食らい満足して帰っていく姿は、まさに俺の望んでいた光景であり、少なからずそれに満足していた。夜の営業にはアキラの協力が欲しかったが、頑として首を縦に振らない。

俺は事を終えてうまそうに煙をくゆらすヒロミに、
「お前、自由になる金も必要だろう?アキラの代わりに夜働いてみるか?」
「ヤだね。服も買ってくれるし、CDも下でツケで買えるし、別に困ってないよ。」
確かに困っていないなら、いたずらに働いて気疲れする必要もないが、あわよくば二人の生活がかみ合えばという欲目が、頭をもたげていたのは確かだ…。

そんなオッサンの願いを受けたのか、ある日、ヒロミは、
「五千円…。」
と腕を差し出し、その金でスーパーの袋を持ち帰ると、黙って厨房に入り、麺に使っている粉をふるいにかけ、生地のようなものを作り、焼豚用に使っているサラマンダーを使い、パイ生地のようなものを仕上げた。いつものけだるそうな雰囲気とは違い、ヒロミはてきぱきと段取りをつけて作業をしていく。焼いた生地には液状にのばしてブレンドしたチーズを流し込み、冷蔵庫へと放り込む。俺が仕込みを終える頃には、店には似つかわしくない、こ洒落たチーズケーキをふるまってくれた。
それは、俺の店の粗めの粉で焼いただけに、濃いめ濃度で仕上げられたのチーズの層に負けない存在感のある、漢らしい、凛々しい逸品と言えた。
添えられたフレーバーティーは、女性が煎れたらしい繊細な香りで、肩の力が抜けるくつろぎを感じさせるものだった。なにより、早く麺打ちのために導入したかった浄水器を入れる口実ともなった。
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