愛を待つ桜
一条聡が彼女の履歴書を手にしたのはその2日前のこと――。

派遣の秘書を入社6日目でクビにして、仕事が山積みのデスクを前に彼の機嫌は最悪だった。

ちょうどそのとき、共同経営者の如月から司法書士が見つかったと報告を受ける。


「26歳、国立大学法学部卒……才媛だ」


同じ歳だ。
聡の胸にキリで突くような痛みが走る。しかし、そんな偶然はあるまい。
彼は軽く頭を振った。


「女か……男がいいんだが」

「行政書士の資格も持ってて、2年のキャリアがある。英語・フランス語・中国語が話せて、秘書検定も持ってるな……アレ、おい、元一条物産の秘書課勤務になってるぞ」


聡はパソコンを放り出し、如月から履歴書をひったくる。


「織田……夏海」


先に名前を言え! 

聡は心の中で叫びつつ、胸の痛みは激しくなった。


「知り合いか?」


如月は不審そうな声を出す。


「ああ。匡の秘書で……愛人だった女だ」

「おいおい」

「なんで……こんな」

「えらい偶然だな」

「不採用だ。こんな女と仕事はできん」


そう言って履歴書をデスクに投げ出す。
それは書類の山を滑るようにストンと床に落ちる。

如月は軽くため息を吐きながら拾い上げ、何気なく、聡が眩暈を覚えるような言葉を口にした。


「まあ、しゃあないな。でも、子供を抱えて職探しはキツイだろうな」

「子供だとっ!」


またもや、履歴書をひったくった。


「お前なぁ」


家族欄を見ると、夫の名はなく『長男・悠《ひさし》』と記載されていた。

年齢は2歳。
ということは、間違いなくあのときの子供だろう。
名前が変わっていないところを見ると、誰にも結婚してもらえなかったのか? 
或いは離婚したのかも知れない。

聡はどうしても気になり、身元調査の名目で彼女の戸籍までチェックしたのだった。


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