愛を待つ桜
夏海の頭の中はパニックだった。
信じていたのだ。聡の誠実さを疑ったことなど、1度もなかった。


『嘘、だったの? 全部、愛してるの言葉も、何もかも……私、あなたに弄ばれたの?』

『とんだ被害妄想だ。同じセリフを君に返すよ。君はたいした女性だ』


聡の目は夏海を映してなどおらず、その瞳には冷酷な闇が広がり、彼女の心を震え上がらせた。

そして彼は財布から金を引き抜くと、


『これでさっさと処分して来い。纏まった金は後で払う。それで2度と私や匡には近づくな!』


落雷のような罵声と共に、数10万の札束が夏海に向かって投げつけられた。

夏海はただ唇を噛み締め、何も言い返せず、ハラハラと舞い落ちる1万円札を見つめ続けた。



――死んでしまおうかと思った。

あのとき、お腹に子供が居なければ、そうしていたかもしれない。


聡に捨てられ、実家に帰った夏海だったが……妊娠がわかると父は激怒した。

相手の名前も言わない夏海に、両親は堕胎を薦める。結局、彼女は家出同然に親元を後にし、ひとりで子供を産んだのだ。


産むと決めた以上、会社は辞めるしかなかった。
上司である匡に相談しようかと思ったが、聡は匡との関係も疑っていたようだ。

兄弟がグルであったときが怖かった。

あの後、友人たちからも呆れられた。


『バカね。どうしてお金を貰ってさっさと堕ろさなかったの?』

『好きだったの。愛してたのよ……遊ばれたなんて、今でも思えない』

『現実を見なさいよ。妊娠がわかった途端、弟とも関係があるって難癖つけてきたんでしょう?』


あの夜の聡が恐ろしく、夏海は自分から連絡が取れなかった。

だが、聡への想いは消せず、子供を殺すことなどできない。
そんな夏海に友人はみんな離れて行った。


それでも、夏海は聡を信じたかった。
誤解だった、すまないと、聡が夏海を探し出し、迎えに来てくれる日を待ち続け……。

彼女が臨月を迎え、いよいよ働けなくなったとき、産院の待合室で見た新聞紙の片隅に、彼の名前を見つける。

――『一条グループ社長の長男で弁護士の一条聡氏が結婚』

そう、書かれていた。


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