夏海が働き始めて数週間が過ぎたときのこと。


「私、如月先生の秘書と言われたんです! これ以上、一条先生の仕事もしないといけないなら、辞めさせていただきますっ!」


主婦で派遣の三沢桃子が、半泣きで副所長の如月に直訴した。


「両方の仕事をしてるんですよ! それなのに……アレもできてない、コレも充分じゃないって。そんなに優秀なら、秘書なんか必要ないと思います! ご自分で全部やられたらどうですかっ!?」


他の派遣は興味津々で覗き込んでいる。
如月が視線を移すと、サッと目を逸らせた。誰も、貧乏くじは引きたくないと思っているからだ。

如月にもそれがわかるので、深くため息を吐いた。

これで何人目だろう? 数えるのも煩わしくなる。
確かに、そのうちの何人かは、上司である聡に叱られたらブラウスのボタンを外してごまかそうとするような連中ではあったが。

だが、今回は違う。聡の苛立ちの理由は明白だった。

如月は意を決して夏海に視線を向け、


「織田くん。悪いけど、一条の秘書を兼任してくれるかな?」


できる限りの笑顔を作る。


「いえ、それは困ります!」

「だったら、秘書なんかいらん!」


ふたりの声が重なった。


「なに子供じみたことを言ってるんだ。秘書は必要だろう」


如月は子供に説教するように聡に言い、次に夏海に向き直った。


「雑務は他に分担して、業務管理とサポートだけでもお願いしたい。ワード打ちの清書だけなら、司法書士でなくてもできるしね。それなら、三沢くんも構わないだろ?」


如月の妥協案に三沢の表情が変わった。
頭の中で計算しているようだ。このご時世である、他所より明らかに給料の良い派遣先を、自ら辞めたくはない。というのが本音だろう。


「如月先生の担当に戻していただけるなら……。私では、一条先生のご期待には応えられませんから」


それでも嫌味だけは言い足りなかったようだ。
聡も反論せずに黙っている。


「じゃあ、そういうことで。織田くんは、奥の所長室の次の間で業務を頼むよ」


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