愛を待つ桜
夏海は息子・悠と一緒に如月の家に招かれた。


悠を産むときに反対され、夏海は実家を出たきりだ。悠には父親だけでなく、祖父母もいない。
当然、端午の節句を祝ってくれるような人間もおらず。
そのことに気付いた双葉が、夏海親子を呼んでくれたのだった。


だが、悠を聡に会わせたくなかった。


本当なら、一条に関わる人間には誰にも会わせたくないと思っていた。
理由は明白である。

玄関に1歩足を踏み入れたとき、如月夫妻は口を押さえて呻いた。
それほど、悠は父親にそっくりなのだ。まるで縮小版コピーである。

だがせっかくの好意をむげにも断われない。
それに、連休と言ってもどこにも連れては行けず、息子に少しでも楽しませてやりたいと思う母心だった。

如月夫妻であれば、夏海が頼めば聡に余計なことは言うまい、そう思っていたのに。
まさか、当の本人を呼んでいるとは思いもしない。

そして聡は、悠の顔を見た瞬間、見る見るうちに真っ青になった。

如月家の子供たちの後を必死で追いかけ、走り回る悠の姿を固まったように見つめ続けている。


パーティも終わりに近づき、後片付けを手伝う夏海のもとに悠は駆けてきた。


「ママぁ! ゆうくんね、ほしいの。コイさんほしいの」


正確には「ひさし」だが、普段は「ゆうくん」と呼んでいる。悠も母親の真似をして、自分のことを「ゆうくん」と呼んだ。

如月家の庭には大きな鯉のぼりが立ててあった。

一方、夏海が悠のために買ってやったのは、窓枠に取り付けるタイプである。
親子の住むコーポは6畳ひと間と4畳半のキッチンしかない。
大きな鯉のぼりを窓に付けると、隣近所から邪魔になるとクレームがくる。そのため、1メートル足らずの大きさが精一杯だった。


「ゆうくんも、鯉のぼり持ってるでしょ?」

「おっきいのほしいの!」


悠は、目を輝かせて訴える。


「ゆうくんが大きくなったらね。勇気くんは大きいでしょ? ゆうくんはまだ小さいから、小さい鯉のぼりでいいのよ」

「ヤダ! ほしい、ほしい! おっきいのがいい! ママぁ!!」

次第に泣き始めて、如月家の子供たちもバツが悪そうになる。


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