弟矢 ―四神剣伝説―
乙矢は溜息混じりに呟いた。


正論だ。正三はそう思ったが、口には出せない。


「賭けだったんだ」

「え?」

「西国まで危険を冒してやって来たのは、お前が爾志一矢で『白虎』の主だと信じた。それに賭けたんだよ、私たちは」

「……本気で信じてるのか? 一矢が『白虎』に選ばれる、と」

「神剣に選ばれた勇者が現れぬ限り、私たちに未来はない。一矢殿が駄目なら、後は、領地内に身を隠したと言われる皆実家の宗主、宗次朗殿を探すしかあるまいな」

「で、神剣を抜いてくれって言うのか?」

「危険なことはわかってる。だが」

「俺はイヤだ」

「乙矢……」

「一矢が見つかっても、『白虎』が戻っても、神剣を手に戦ってくれなんて言えない。一矢を鬼にはさせたくない!」

「ではどうする? このまま、殺されるのを待つか? それとも、一生ドブネズミのように、這いずり回って逃げる気か?」


一呼吸置いて、乙矢はボソッと言った。


「逃げたら、駄目なのか?」

「お前はいいさ。だが、姫様は……何年掛かろうと『青龍一の剣』奪還と敵討ちのために、一生を費やすだろう。そしてそれは、そう長い一生ではなかろうな」


その時、木々の間から建物が見えた。弓月らが泊まっていた宿だ。彼らは再び、宿場町に足を踏み入れる。夜明けとともに……それは、乙矢にとって、戦いの始まりだった。


< 44 / 484 >

この作品をシェア

pagetop