美味しい時間

「ヤバイな……もう我慢も限界だ。悪い」

へっ? 我慢? 限界? 何で謝るの?
言っている意味が分からずきょとんとしていると、課長の顔が目の前に迫ってきていた。

何? っと身構える間もなく、チュッと音を立てて唇が重なった。
それは優しく、ただ触れるだけの口付け。

頬に当てていた手を離すと、覗き込むように私の顔を見る。
何が起きたのか分からず、呆然と課長の顔を見ることしかできない私を見て、少し呆れたように課長が苦笑した。

「ホントに慣れてないのな。可愛い」

私の頭をポンポンっと軽く撫でると椅子に座り直し、残っていた甘い卵焼きを美味しそうに食べ始めた。
私もぼんやりと歩き出し、身体の力が抜けたようにストンと椅子に座り込む。
少しずつ頭の中がハッキリとしてきて、自分が戻ってきた。
わ、私、キスされたんだよね?
なんで私にキスなんてしたんだろう……。
課長にとってはキスなんて、あいさつ程度のことなのかなぁ。
そう思うと何故か悲しくなってきて、瞳に涙が溜まって来てしまった。
課長はそれに気づくと慌てたように話しだす。

「お前にだからキスしたし、俺がこの腕に抱くのは百花、お前だけだから」

それが何を言いたいのか恋愛初心者の私にはちゃんと理解できなかったけど、何となく幸せな気分になり、目頭に滲んだ涙を指先で拭い笑顔を返した。


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