ひとまわり、それ以上の恋
◆12、理由にはならない

 
 私の心臓はさっきから痛いぐらいに暴れている。聞いてはいけない。そんな警告が鳴っていた。

 市ヶ谷さんの唇がその先を告げようとする。咄嗟に待ってくださいと止めようとしたけれど、市ヶ谷さんは待ってはくれなかった。

「君は子どものまま大人になったような純粋な人だから、きっと遠回しに言っても納得しないだろう」

 私の方をまっすぐ見て、悪い予感を告げる。

「僕は、君のお母さんのことが好きだったんだ」

 少しずつ膨れあがっていた想いに針が深く刺し込まれ、夢から覚めたような音がした気がした。

「私の、……お母さんの、ことを……?」

「ああ。もう、ずっと昔のことだけどね」

 市ヶ谷さんが、私を時々やさしく見つめるのは……私を見ていたわけじゃなくて、母を見つめていたということ? 哀しそうに微笑むのは、過去に実らなかった恋を、懐かしんでいたから?

「そんなことって……」

 ショックで言葉にならない。喉の奥に何かが張り付いてしまったみたいに、声が出ていかなかった。
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