ひとまわり、それ以上の恋
◆13、代わりはいない

 六月の初め。オフィスの前の遊歩道にある紫陽花にちらほらと色がつきはじめる頃。雨が一週間しとしとと降り続いていた。私の心もあれからずっと晴れないまま。

 今日は木曜日。あと一日行けば会社は休みだ。市ヶ谷さんと二人きりになるのを避けたくて彼の家には行っていないし、彼に関わる仕事は常に事務的にこなしていた。

 母の顔もうまく見れなかったし、しつこく心配してくる兄のことも無視してしまった。

 大人げないと分かっていても、そうするしか出来ない。そしてそんな自分がはがゆくて苛立つばかりだった。鏡を見れば、母と似た部分を見つけてしまいそうで、怖かった。

 恋ってもっと楽しいものだと思っていた。こんなに苦くて辛いものだったなんて……。毎日少しずつ胸に差し込まれた傷が大きくなっていく。自分から避けているくせに、顔が見たくて、声が聴きたくて、傍にいたくて……想いは募るばかりで。

 嫌いになれたら楽なのに、市ヶ谷さんの姿を見かける度、私の胸は勝手にときめいてざわついて……好きで仕方なくて。やっぱり手遅れだと思い知らされるばかりだった。

 市ヶ谷さんの言うように父の影を探していたこともあったかもしれない。それは、もしも父が生きていたらこのぐらいなんだろうか、と慕う気持ちだった。

 今は、市ヶ谷さんのことを父とダブらせることはないし、少しも似ているところなどない。十八歳の年の差はそんなにいけないことなの……?


< 110 / 139 >

この作品をシェア

pagetop