誰を信じる?(ショートショート)
桜木 祐二(さくらぎ ゆうじ)
 綾乃の夫、桜木 祐二(さくらぎ ゆうじ)は仮想夫と呼ばれてもおかしくはない。
 某国立大学生物理工学部の教授として大学に勤務し、35歳の科学者の端くれだ。何を研究しているのかは、詳しくは知らない。確か、出会って最初の方に何度か聞いたが、結局理解できなかったので忘れてしまった。多分、パソコンやいろんな機械を使って、いろんなデータをとって何かを熱心に調べているんだと、思う。
「あぁ、先生♪お帰りなさい♪」
 綾乃は桜木のことをあえて先生と呼ぶ。確かに、桜木は大学で教鞭を取り、「先生」と呼ぶにふさわしい人物ではあるが、実際は教え子でも、生徒でも何でもない。「祐二さん」とか「祐二」というのもピンとこないし、かといって、のりまきせんべいのごとく、「博士」と呼ぶのも、いささかマニアじみている気がしたので、その中間の「先生」という敬称をすでに2年ほど愛用している。
 特に、結婚してすぐの頃、「何て呼べばいい?」と聞いたとき、
「僕の名前、知らなかったっけ?」
 と言われたので、特別嫌がらないことは、そのままにしておいて良いものだと認識している。
「今日はね、餃子なんだけどね、今日のは絶対おいしいから! 見て、見て! 見た目がいつもよりプロっぽいでしょ!?」
 まだ24歳のうる若き新妻がこんなにはしゃいでみせても、
「見た目と味が一致する、という概念が間違っていると思うな……」
 と、ほんと、どうでも良いことを呟いていたりする。
 さて、食べ始めても、並木は無言だ。特に、食事の味を評価するでもなく、仕事の話をするでもなく、たんたんと物を口に運んでいる。
 その様を見ての通り、性格は冷静沈着、ひたすら真面目で、人間的に特に問題はない。だが、普通の女の子が彼を評価した場合、「イケてない……というか、ただのオッサン……ってか、キモイ!!」というのが妥当だろう。
 まず、ファッションセンスがなっていない。それは出会った当初から現在も、綾乃の努力むなしく、大学では地味なネクタイを中心としたスーツ、家でも、ネクタイと上着の代わりに白衣を羽織っているだけ。または、意味不明の英単語が小さく刺繍されているトレーナーやティシャツを当然のように着ている。わざわざ買ってきたブランド物のワイシャツよりも、昔から愛用している英単語の方が落ち着くのだろう。(知らないけど)。
 それから、髪。もちろん真っ黒の、やや長めなのだが、これも、とりあえず、散髪をして、跳ねてはいない、という程度の整え方だ。きちんと整えないことに、何がしかの意味を見出しているのかどうかは、全く不明。

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