結婚したいから!
かっこ、いい…。

口には出せないけど、コーイチが単語じゃなくて、文章になった英語で、店員さんに注文を伝えているのを見て、そう思った。

あれから、わたしたちは、宿泊してるホテルの前の通りをまっすぐ進んで、目についたレストランに入ってオーダーしたところだ。


コーイチ、英語、話せるんだ。それも、知らなかった。たぶん、仕事で使うんだろうな。英文科だったとか留学してたとか、話してたことはないから。


「疲れた?ここの料理は、一皿の量がちょっと多いんだって。無理して食べるなよ」

ぽーっとしてるのを、疲れのせいだと勘違いしてくれたらしくて、わたしはどこかほっとした。

「子どもじゃないから大丈夫だってば」

「子どもだとは思ってない。大事にしてるだけだろ」

「ま、また、そういうこと…」
「ははっ。ほら、赤くなって照れてる」

コーイチって、素直すぎないかな。思ったことの100パーセント、言ってるんじゃないかって思う。

わたしの方は…、半分も口に出せてないかも。元は素直なはずなのに。なんか、わたしたちって、反比例してるみたい?


「へえ~。仲のよろしいことで」

料理を待ちながら話していると、聞き慣れた日本語が聞こえた。わたしたちのテーブルに割り込んできたのは、賢悟さんだった。コーイチの隣に「よいしょ」って言いながら、座ってる。

「ちょっと、邪魔しちゃだめでしょ」

後からついてきたらしい紗彩が、急いで賢悟さんの首根っこを掴むけど。
「紗彩も一緒に食べようよ。4人でごはん食べるのって、初めてでしょ?」

そう言うと、紗彩も、渋々といった様子ながら、「そうだね」って言いながら、わたしの隣に腰を下ろした。


「あ」


そのときに、気が付いてしまった。いや、気が付いたからって、あ、とか言うべきじゃなかったんだけど、驚きのあまり、心の声が漏れてしまった。

「なによ」

紗彩がそう言いながらも、わたしの視線をたどって、その原因に気が付いたらしく、珍しく慌てて襟元を整えて、それを隠した。


き、キスマークがあった!!紗彩が、キスマークつけてるなんて!!

いや、似合わないって言いたいわけじゃないけど。そりゃあ、紗彩にキスマークつけたがる男の人なんて、これまで数え切れないほどいたと思うけど。
それを、紗彩が許したっていうことが、何よりも驚き。

「いや…、紗彩って、よっぽど、賢悟さんのことが、好きなんだと思っ」

「あーーー!!あれ?ミクは?」

わたしの言葉を強引に遮って、あろうことか、わたしのTシャツを引っ張って中を覗き込み、キスマークがあるかどうかチェックするという暴挙に出た紗彩。

「な、な、何!?」

慌てて襟元を抑えて紗彩を見つめるけど、紗彩はすでにわたしの顔なんか見てなかった。見てるのは、まさかの、コーイチ。


「結城って、キスマークつけない派?」


ちょ、ちょっとおおお!!

紗彩が、変な所に飛び火させてる!!コーイチに話をふらないで!!「何派とかないけどさ。俺、拒否されたから、つけるチャンスもなかった」

うわあああ!!コーイチも正直に答えないでほしい!!

不貞腐れた様子のコーイチと、あたふたしているわたしを見て、紗彩と賢悟さんが爆笑する。

一体なんで、こんな話になったんだろう?あ、そうだ、わたしが紗彩のキスマークに気づいたせいだった…。

ようやく笑いをおさめた紗彩は、目じりの涙をぬぐいながら、こう言ったのだった。


「でもそれって、海空が、結城に甘えてるって言うか、気を許してる証拠だよね」


「え?」

わたしとコーイチがそう言うと、紗彩は、


「だって、今までは求められたら、我慢して寝てたでしょ」

って、新たな爆弾を投げたから、今度こそ失神しそうだった。いや、むしろ失神したい!!
「それは嬉しいんだけどさ…。後半の部分、俺、知る必要あったのかな…」

コーイチが、何かぶつぶつ言ってるのはわかってたけど、怖くて聞えないふりをしておいた。涙目で紗彩を睨むと、知らん顔されたから、代わりに賢悟さんを睨んだら、びっくりしてた。

「だって、賢悟さんが紗彩にキスマークつけるからいけないんです!」

って、自棄になって、つい言ってしまったのに、「え、そうなの?ごめん」ってあっさり返されて、もう誰にもあたれなくなってしまった。
「ねえ、これ、どういう状況?」

「さ、さあ…」

呆れ顔の紗彩に、わたしも戸惑い顔を見せるしかない。

目の前で、やたらと飲みまくっている人が、二人。ここって、居酒屋だったっけ、ていう勢いで、アルコールを流し込んでいる。まあ、それはいい、それは。

「賢悟さん、もうすぐ潰れるよね…?」

顔だけじゃなくて、耳まで真っ赤になってる賢悟さんは、目まで充血していて、机にもたれかかることで、なんとか体を支えている状態だ。

「たいして強くないくせに、調子に乗るんだから」

「あてっ」

容赦なく紗彩が賢悟さんの頭を叩いている。


「結城もおかしくない?」

「う、うん…」

おかしいと、思う。

コーイチは、顔色こそ、ほとんど変わらないけど、とろんとした目が、ぼんやりと何かを見ている。
コーイチと賢悟さんが「おめでとう」と言い合って、お酒を酌み交わし始めたときは、何とも思わなかった。「どっちがアルコールに強いか」なんて言い始めた時も、まだ笑って見ていた。

そんな状況になったころ、紗彩がわたしに、「ねえ、どうやって結城と付き合うことになったの」って耳打ちしてきたのだ。

3人で親しくしてた関係で、自然と紗彩に間に立ってもらうことになったのは確かだし、ちゃんと報告してお礼を言いたいって気持ちが、わたしにもあった。でも、さすがにコーイチの目の前で、あれこれ話すのは恥ずかしくて、少しの間、紗彩とふたりで、店の外に出たのだった。

もしかしたら、話し込み過ぎたのかもしれない。

いや、でも、新婚旅行だって強調してた賢悟さんの手前、長話にならないよう気をつけてたはずだ。

どちらにしても、わたしと紗彩が、お互いに、今日の昼の出来事について話し合って、店内の元のテーブルについたときには、賢悟さんとコーイチの様子が変わっていたのだ。
「コーイチ、大丈夫?飲み過ぎた?」

「うん…」

うっとりしたような目で、見上げてくるから、思わず胸がどきりとしてしまった。ちょっと酔ったぐらいで、色気を出さないでほしい!

「で、でも、珍しいね、コーイチまで酔うなんて」

「…疲れた、かも」

「ええっ」

コーイチが疲れた、って言うのも珍しくて、いよいよ心配になってきた。仕事が忙しくても、その合間にわたしたちと飲んでも、疲れたとかしんどいとかあまり言わずに、楽しそうにしてる人だから。


「紗彩、戻ろう」

「はあ?まだ大丈夫じゃない?」

「コーイチが、疲れてるから!!もうだめ!!早く、賢悟さんも連れて来て!」

「えぇ、俺、ついでじゃん?」

「ついでに決まってるでしょう!」

思わずそう言ってしまうと、紗彩が大笑いしながら、すねる賢悟さんの手を引いた。
賢悟さんのことはもちろんどうでもいいし、今は紗彩が賢悟さんの手を取ったこともからかってる暇はない。

「コーイチ、辛い?歩ける?タクシー呼んでもらおうか?」

コーイチの顔を覗き込むと、コーイチが、「大丈夫」って微笑んでくれるけど、その笑みも力がない気がして、胸がちりちりとしてくる。


「ミク、とてもじゃないけど、タクシーを手配するのに必要な英語力ないよね」って紗彩が言ってたけど、そんなの聞こえない。

「早く帰ろ、コーイチ」

そう言いながら、慌ててコーイチの手を取ると、その手がずいぶん熱く感じられて、ますます心配になった。一体どのくらいの量飲んだんだろう。

来るときにはゆっくりと楽しみながら歩いてきた道を、せかせかと追われるような気持ちで帰った。

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